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2019/12/04 

校長の話 12月 チャペル礼拝「骸骨ビルの庭」  ルカによる福音書2章8~12節 賛美歌262

キリスト教は今年、昨日12月1日からアドベントに入りました。
アドベントはキリストの誕生を祝うクリスマスまでの約4週間の準備期間です。
イエスほど何度も何度も世界中のあちこちで誕生祝いをしてもらった人はいません。
誕生のお祝いは生まれた次の年から始めます。
その人が亡くなれば、しなくなります。
ただ有名な人の場合、生まれて100年目、200年目にお祝いすることがあります。
今年は高知の超有名人であるやなせたかしさんの生誕100年の行事が開かれました。
地元では「生誕100周年百寿のohやなせたかし展」がありました。
漫画サザエさんの長谷川町子さんも今年生誕100年のお祝いがありました。
キリスト教をテーマにした本を書いた三浦綾子さんも生誕100年のお祝いがあります。
でも3人とも101年目の来年は、たぶん今年のようにお祝いされることはありません。
その中にあって、イエス・キリストは毎年必ず盛大にお祝いされます。
ふつう、誕生祝いをするのは、その人の成長を願い、長生きなどを祝うためです。
ところがイエス・キリストはそうではありません
クリスマスは毎年成長したイエスではなく「赤ん坊のイエス」の誕生をお祝いします。
しかもイエス誕生を祝うようになったのは、生まれた次の年からではありません。
それは西暦325年のニカイア宗教会議というところで決まってからです。
死んで300年以上経ってから、お祝いされるようになったのです。
そこから考えても、クリスマスがふつうの誕生祝でないことがわかります。
そこで考えたいのは、イエスの誕生を祝う意味と目的とは何かです。
宮本輝という作家がいます。
宮本さんの小説に「骸骨ビルの庭」があります。
話は戦争で焼けた大阪の十三という町が舞台です。
十三に焼け残った、周りの人たちから骸骨ビルと名前がつけられた建物がありました。
登場人物はそのビルで、戦争孤児になった子どもたちを育てようとした男たちです。
主人公はそのビルから彼らを立ち退かせるために東京からやってきた八木省三郎です。
話は八木さんの日記を中心に進んでいきます。
日記の中で戦争孤児を育てる青年、阿部徹正の気持ちが書かれています。
阿部さんは戦争で親や兄弟を失った身寄りのない子どもたちを懸命に育てます。
阿部さんがそれを始めたのは、戦争で生き残った自分の使命と考えたからです。
周りからしたら、安部さんの行動はかっこよく見えました。
ところが阿部の決意というのは、ちょっとしたことでしばしば揺らぐようでした。
このことについて阿部さんは次のようにいっています。
「人間は変われない生き物なのだ」。
この言葉からわかるのは、人間が変わるのは難しいということです。
まして自分だけの力で変わることはなかなかできないということです。
よく思うことがあります。
自分はこれでいいのだろうか。
清和に入学することを決めた理由が今の自分を変えたいという人かなりいます。
でも学校生活を続ける中で、その決意もいつの間にか緩んでしまうことがあるのです。
中学までの自分と何も変わっていないことに気づいてがっくりすることがあるのです。
せっかく決意したのに・・・、そのために落ち込むことになります。
それを弱さということができます。
そういう弱さを持った私たちに、阿部さんの続きの言葉はぐっと響いてきます。
「自分の人生を決める覚悟は、一度や二度の決意で定まり切れるものではない。
何度も何度も、これでもかこれでもかと教えられる。 
叱咤され、励まされ、荒々しい力で原点にひきずり戻される。
そのたびに決意を新たにし続けて、やっと人間は自分の根底を変えていくことができるのだと思う」。
1回や2回決意したからといって、自分の中身が変わり思い通りになるはずがない。
時には失敗しながら、そのためにもう自分はだめだと自己嫌悪になったりします。
その時に、清和の生徒には戻れる場所、原点があるのです。
それは自分が選んだから清和に入学できたのではないという聖書の言葉です。
神が選んでくれたから入学できたという聖書の言葉です。
その原点に立ち戻った時にわかることがあります。
人間は励まされ助けられながら、それを繰り返しながら、ようやく変われるのです。
そして、一人ひとりを清和の生徒に選んだ神が、何を一番に望まれているかです。
それはこの世界が平和になることです。
お互いの存在や違いが大切にされる社会になることです。
力や権力で持った人が、命や生活を奪わない世の中になることです。
それを考える時に赤ん坊であるキリストの誕生を毎年祝う意味がわかってきます。
人間というのは不思議なもので、誰もが赤ん坊の前では素直になるのです。
素直になるというのは、人が変わるためには絶対必要なことです。
素直になることによって初めて望む自分に変わることができるのです。
そこに毎年赤ん坊のイエスの誕生をお祝いする意味があります。
イエス・キリストの誕生を祝うクリスマスは、感覚的には8月6日と同じです。
1945年8月6日に広島に原子爆弾が落とされました。
犠牲なった多くの人のことを忘れないために、今も苦しみの中にある人のことを忘れないために、そして再びそうしたおろかな行為を人間が二度と行わないために、核廃絶と平和を作るための出発点とするために毎年8月6日に行う記念式典を行います。イエスキリストの誕生を祝う12月25日もそれと同じです。
赤ん坊のイエス・キリストの誕生を祝うことを通して、わたしたちが自らの弱さと愚かさに気づき、そして平和を作り出すための新たな出発点とする日なのです。
そこに毎年クリスマスを祝う目的があります。
その意味と目的のために、今年のチャペルクリスマスにしっかり取り組みましょう。

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