2021/07/16 

中1 学級だより 第16号

7/2 被爆ピアノ講演会を聞いて

― 皆の感想から ―

戦争はとても恐ろしいものだと思いました。ピアノはガラスの破片が刺さっても鳴るなんてすごいと思いました。ピアノの音色はとてもきれいでした。中山さんの演奏もとてもきれいでした。

 

矢川光則さんは平和コンサートを20年間続けている。今日のピアノは昭和の初めのもので、その時代にピアノがあるのは珍しくてすごいことだと分かった。この被爆ピアノを通して色々分かりました。

 

今日はチャペルでピアノの講演がありました。ピアノは昔の被爆ピアノです。ガラスの破片などが刺さっていたのを修理して弾けるようにして、日本各地を回っています。平和の大切さをピアノから教えられました。

 

被爆ピアノの講演では最初に原爆前と後の広島市内のビデオを見ました。原爆前は平和な感じで、とても原爆なんて落ちると思えないほどでした。原爆後の広島は建物が崩れ落ちていたりして、本当に人々が行き交っていたのか疑う程でした。

その後で被爆ピアノのお話しと先生と先輩が実際にピアノを弾いてくれました。とてもきれいな音色でした。

 

8月6日に原爆が投下されて、広島は建物が全壊して家も何もない状態になっていました。原爆の名前が「リトルボーイ」というのを初めて知りました。次に「お母さんの被爆ピアノ」という映画の予告編を見ました。それから矢川光則さんの

話しを聞きました。このコンサートは今年で20年目になるそうです。日本以外でも演奏していてすごいと思いました。

 

私は被爆ピアノの講演を聴いて、このピアノは広島の辛い時を乗り越えてきたんだなと思いました。この被爆ピアノがいつか平和の未来につながってほしいと思いました。被爆ピアノの音色は優しくてきれいでした。

 

私は原爆のことは知っていたけど、ピアノのことは知りませんでした。ガラスの破片とかが刺さっているピアノをきれいにして直したと聞いてびっくりしました。先生たちが弾いていたとき、すごくきれいな音だったのですてきでした。

 

広島県で原爆にあったピアノの中には、ガラスの破片が残っていたと聞いて原爆の恐ろしさを知りました。私たちは戦後に生まれたため、戦争の恐ろしさは分からないことが多いです。でも今回の被爆ピアノを通して、戦争の恐ろしさを目の当たりにして、戦争の中で生き残ったピアノはすごいなと思いました。被爆ピアノは味のある音でした。

 

原爆前の広島市内の動画はふつうの日常だったので、そんなところに原爆が落とされたと思うと言葉に表せないぐらいの悲しさや悲惨さがあると思った。原爆投下後の広島は全く違っていて、何もかもぼろぼろで何もない状態になっていた。原爆の悲惨さや原爆への悲しい思いが感じられた。

 

私は小学校のころ広島へ修学旅行に行きました。原爆のことは知っていたけれど、被爆ピアノのことを新たに知ることができて良かったです。私はピアノを習っていたので、すごく悲しい気持ちになり、よく頑張ったねと思いました。

 

金曜日の3~4時間目に被爆ピアノ講演がありました。講師の矢川光則さんが自己紹介をしてくれたり、クイズを出して話してくれて、被爆ピアノについて色々な事がよく分かりました。被爆ピアノの演奏の最後は清和を卒業している女優の中山佳子さんでした。とてもきれいな演奏でした。

 

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