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2020/04/30 

学園報SEIWA4月号 巻頭言より

きりん・キリン・麒麟

最近、キリンという言葉をよく聞きます。首が長い動物のキリン。昨年亡くなった女優の樹木希林さん。お笑いにも「麒麟」がいます。今は何といってもNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」でしょうか。そして、高知でなじみ深いのは「たっすいがは、いかん」がキャッチコピーのビールです。ビールのラベルに描かれている麒麟は中国の伝説の霊獣です。麒麟が姿を現す時、その国や時代に平和がもたらされるといわれます。麒麟には特別な役割・使命が与えられていました。その国の王を、天意を受けて選ぶことです。天意とは人間を超えた存在の思い、天の心という意味です。キリスト教でいうと神さまの意思です。

十二国記 陽子はなぜ王に選ばれたのか

麒麟が大切な存在として登場するファンタジー小説に「十二国記」があります。十二国記は地図にない12の国と現実世界を行ったり来たりする人間ドラマです。12の国はそれぞれ麒麟が選んだ王が治めています。国の一つに慶があります。慶の麒麟は景麒です。景麒が王に選んだのは日本の女子高生の中島陽子でした。王に選ばれるくらいの高校生です。よほど優秀だろうと誰もが思います。頭よくて勉強ができる。明るい性格で誰からも好かれている。コミュニケーション力も高い。周りを引っ張るリーダーシップがある……。ところが、陽子必ずしもそういう高校生ではありませんでした。勉強はまあまあでした。それに陽子は今の高校に入りたくて入ったのではありません。父親の強引なすすめによって入学したのです。ですから陽子は自分を不運で不幸な高校生と考えていました。彼女には周りには知られたくない内面的な悩みもありました。とにかく目立つのが苦手でした。そして、一番気をつけていたのが、周りから嫌われないようにすることでした。そのような高校生の陽子がなぜ景の王に選ばれたのでしょうか。

ヨハネによる福音書15章16節「…わたしがあなたがたを選んだ。」 

新約聖書のヨハネによる福音書に次のような言葉があります。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」わたしというのはイエス・キリストのことです。この言葉は王に選ばれた陽子と清和に入学してきた人たちにそのまま当てはまります。王に選ばれた理由が何なのか陽子にはわかりませんでした。同じようにその人が清和の生徒に選ばれた理由や答えはいくら探しても見つかりません。わからないのです。キリスト教はそのわからない選びを「神の愛」と呼んでいます。その人が清和を選ぶ前に、神さまがその人を清和の生徒に選ばれたのです。そうした神の愛によって選ばれたのなら、それ以上の理由を考える必要はないのです。喜んで受け入れたらいいのです。

清和の教育は麒麟のイエスに支えられている

陽子が慶の国の王になって1年経った時のことです。ある日、陽子は大事なことに気づきます。問題や悩みが起きると周りが悪いと他人のせいにしてきた。王になりたくてなったのではないといいわけをしながら、自分から逃げていた。人の話を素直に聞くことも受け入れることもしてこなかった。他の人を信頼しない自分が信頼されるはずはない。学ぶべきことはたくさんあったのに、自分から学ぼうとはしてこなかった。それらのことに気づいた陽子は、周りの人の話を素直に聴き、真剣に学び始めました。そうすると、不思議なことに周りの人の態度や言葉が違って見え、違って聞こえるようになってきたのです。陽子はさらに大切なことに気づきます。王になってグダグダいう自分を支え続けてくれた存在がいたのです。それは麒麟の景麒です。麒麟の景麒は陽子に寄り添うことによって、彼女が持つ学ぶ力や考える力を内側から引き出していったのです。清和は一人ひとりの学校生活が順調であること、幸せであることを願います。けれど、いつもすべてがうまくいくはずがありません。王となった陽子と同じような状況や心境になることも当然あります。そこで清和の教職員は麒麟にあこがれます。麒麟のような働きができたらと願うのです。そこで気づかされます。教職員であるわたしたちが、すでに清和の麒麟といえるイエスによって支えられているのです。麒麟イエスに助けられながら教育に携わることができているのです。それならば、清和の麒麟イエスと共に一人ひとりに寄り添い、その人の持つ力を引き出していけばいいのです。そうした気づきが清和の教育の根底にあります。

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