礼拝の話

2020/01/28 

1月27日(月) 「米津玄師 カイト」ルカによる福音書17章31~33節 校長 小西二巳夫

12月の大みそかの紅白歌合戦で、シンガーソングライターの米津玄師の「カイト」をアイドルグループ嵐が歌いました。

その際に米津さんと嵐の5人が会話している様子が映し出されました。

私はある瞬間ハッとしました。

それは米津さんが話していた時です。

だいたい次のような内容でした。

「今自分が思うのは、今の自分は誰かに生かされてきた、ということ。そして、自分のまわりにいる人や、遠くで自分に影響を与えてくれたたくさんの人たち、そのすべてに、ちょっとずつゆるされながら、お前はここで生きていていいんだ、とそういうふうに生きてきたのが今の自分だ」。

英語のカイトは日本語にすると凧です。凧は自力ではなく風の力で飛びます。

米津さんは風がなければ飛ぶこともできないカイトに自分を重ねたようです。

歌詞の中盤に「ちいさな頃に見た大きな羽のカイト 思い出よりとても古く 小さい姿でいた 憧れた未来は いつも右のポケットに 誰も知らない物語を 密かに忍ばせて 友は言った「忘れないと」 あなたは言った「愛してる」と 些細な傷に宿るもの 聞こえて来る どこからか」とあります。

大人になって思うことは、自分の思い通りにはなかなか生きられないことです。

そのために自分の夢を多くの失敗や挫折と一緒に胸の中にしまい込みがちです。

けれど、そんな自分を見捨てず信じ続けてくれている友がいる。

だから自分と自分の夢をまだあきらめなくていいと、風の中から声が聞こえて来る。

歌詞をこのように受けとめると聖書やキリスト教に重なってきます。

聖書には失敗や挫折をした人の話がたくさん載っています。

そうした人の友となったのがイエス・キリストだと書かれています。

カイトの歌詞で重要な意味を持つのが「風」です。風がなければ凧は上がりません。

その力は計り知れません。昔の人は風が神さまのしるしと考えました。

凧に風のように神さまの力なしに人は生きていくことはできないと考えたのです。

米津さんは「自分は生かされて生きてきた」といいました。

この人は、人間が生きていく上でぜひ持ちたい感性を持っていると思いました。

風の力によってカイトが空を飛べるように、目に見えない大きな力、神さまの働き、そして愛があるから生きることができる、生かされて生きるということを、清和に学び、清和に働く私たちは、聖書を通して、そして毎日のこのチャペル礼拝によって、しっかり持てる人になっていっているのです。

それぞれ違いはあっても、そういう意味でたいへん幸せな状況に自分がいるのです。

生かされて生きる、それを忘れず、今週1週間も過ごしていきましょう。

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