礼拝の話

2019/05/10 

5月10日(金)聖書:マタイによる福音書5章46~47節 理科 岡村華江

土も水も、肥料も太陽光も全く条件で、ただ1つだけ違う条件で育てた、という植物の記事を読みました。
一方は青々と成長し、もう一方は弱々しく枯れそうになっています。
1つだけ違う条件、というのは「かける言葉」でした。
理論的に言葉がけと成長に関係はありませんが、この違いは何だったのでしょう。
それはきっと、それぞれの植物を育てる態度だったのではないかと思います。
言葉がけの違いだけだったはずが、徐々に適当な水やりか、大切に水を与えたか、それぞれの植物をよく観察しながら育てようとしたのか、もういいやと投げやりにしたのか。
その違いが2つの植物の成長に影響を与えたのではないかと考えました。
高校生の私のある朝のことです。
家族と大ゲンカをして、イライラがおさまらずに不機嫌なまま登校しました。
いつもなら「おはよう」と教室にいる友達に声をかけますが、そんなこともできません。
誰とも話したくなくて、ムスッとして無言で教室にいました。
そんな雰囲気な私にきっと友達も声をかけたくなかったと思います。
でも、しばらくすると、「おはよう」と皆が声をかけてきてくれました。
はじめは、うなずくだけでしたが、だんだん「おはよう」と挨拶を返せるようになりました。
するとイライラしていた気持ちが薄れていき、温かい気持ちになっていきました。
「おはよう」という言葉を交わすだけで、こんなにも元気になれるとは思いませんでした。
それは大人になった今でも同じです。
目の前にいる人がだれであろうが「おはよう」と言葉を交わすことは、自分を救い、相手も救うと考えると「おはよう」という言葉が大切に思いませんか。
今日もまた、人とすれ違う時とき、一声かけていきたいと思います。

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