2022/06/10 

中学2年生 学年便り №11

金曜日は学校記念日礼拝です。清和121年の歴史を学ぶ日です。

今週の金曜日は清和の学校記念日礼拝が行われます。昨年、皆さんは清和の歴史について学んだことと思います。清和は121年の歴史を持つ学校ですが、その121年前、当初から「学校」として創設されたというわけではありません。アメリカから来日し、高知にやってきたアニー=ダウド先生が、2人の少女を自宅に招いて英語と聖書、音楽や裁縫をともに学んだというのが清和の出発点です。

一般的に、学校は創設当初から「学校」として建てられます。最初に学校(校舎)があって、その学校に子どもが集うというのがいわゆる「学校」の在り方なのかもしれませんが、清和は逆と言っていいでしょう。清和は初めに何とかしてあげたい子どもがいて、その子どもたちに学ぶ機会を与えたいと思ったダウド先生がその場を提供し、それが少しずつ「学校」へと発展していきました。ダウド先生は、「学校を建てる」という目的が先にあったわけではなく、学びたいのに様々な理由で学ぶ機会を与えられていなかった2人の少女に、何とか学ぶ場所を提供したいという想いが先にあったのです。そのダウド先生の想いが、この清和という学校の礎になっていると思います。

鷹匠町の校舎が焼けた時、戦時中に聖書の授業をやめるように指導された時、「もうだめだ」という状況を清和は何度も何度も経験してきました。それでもなお、今も清和学園がこの高知の地で教育活動を続けられているのは、ダウド先生の言われた「神様に仕方がないということはありません。神様には仕方があります。」という言葉にこめられています。どんなに苦しい状況でも、「もうだめだ」と思う状況でも、必ず神様には仕方があり方法があるとダウド先生は力強く語られました。そのダウド先生の想いを共有した先輩方が、ここまで清和を支えてくださったのです。

清和の学校記念日が6月12日なのは、ダウド先生の愛唱聖句「テモテへの手紙Ⅰ 6章12節」からとられています。ここには「信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。」とあります。まさにダウド先生と、その後を継がれた先輩方、同窓生の皆さんの想いがここにはあるように感じます。

私たちは、そのような先輩方が築いてこられた歴史の中にいます。同時に、これからの清和を築き、次の世代にバトンを渡す立場でもあります。「歴史は文化の継承」と言われます。継承されていく中で変わっていく部分はたくさんあります。しかし、どんなに時代が変わっても大事にしたいこと、清和で言えばダウド先生の想い、そのような基本となる想いを大切にしながら、これからも清和の文化を皆さんと一緒に継承していきたいと思います。

★清和の歴史を少しだけ写真で紹介します。★

若き日のダウド先生

開校初期の生徒さんたち

火事で焼けてしまった鷹匠町校舎

臨時校舎になった高知教会

本宮町の校舎

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