礼拝の話

2020/02/10 

聖書 テサロニケの信徒への手紙Ⅰ 5章9~11節 社会科 山脇

先日、ラジオで「切磋琢磨」という言葉の語源について話していました。

気になったので辞書で調べてみると「学問や仁徳をよりいっそう磨き上げること」「友人同士が互いに励まし合い競争し合って共に向上すること」とありました。

また、「切磋琢磨」の語源を調べてみると、一つひとつの漢字から、この言葉の持つ意味が見えてきます。

「切」は「象牙や動物の骨・角を切る」という意味です。

「磋」は「象牙など動物の角や玉を磨く」という意味。

「琢」は「玉や石を削って形を整えるという意味。

「磨」は石を磨くという意味です。

置物、装飾品を作る際に、象牙や動物の角、玉などを、のみや彫刻刀で丁寧に削り、丹念に研磨することで輝きが増していきます。

これが「切磋琢磨」の語源となり、ここから、互いに励まし合い競い合って共に向上する、という「切磋琢磨」の意味が出来たと考えられます。

それぞれ同じ素材であっても、大きさや硬さは違う1つ1つをその職人は、その素材の特徴を見極め、素材に適した切り方、削り方、磨き方をしています。

基本的な作業工程は決まっていても、実際の作業の中では、職人の微妙な感覚を基に、調整しながら行われていくのです。

互いに励まし合い競い合って共に向上するという「切磋琢磨」という言葉。

この言葉には、全て同じ方法で、同じ形に整えていくわけではなく、その大きさや硬さに応じて、その物の良さを引き出していくという意味もあるように感じます。

私たちも、毎日の学校生活で「切磋琢磨」されていますが、それは全て一律に、同じ大きさ・形・色を目指しているわけではなく、様々な形や色を生み出しているのではないでしょうか。

なぜなら、私たちは一人ひとり、違う個性を持っているからです。

その違う個性を持っている者同士が、励まし、競い合い、磨きあっているのだと思います。

時にぶつかり合うこともあるかもしれませんが、そのことでいつの間にか角が取れ、丸みを帯びることもあるでしょう。

そのように、私たちは気づかないうちに「切磋琢磨」され、「私らしさ」が作られていっているのでしょう。

歩く速さ、目指す方向、それぞれの抱える課題は一人ひとり違います。

切磋琢磨する中で、自分らしい歩き方と歩く速さを見つけ、周りの人の歩き方と歩く速さを受け止めていきたいと思います。

それが、自分を大切にし、周りの人をも大切にすることにつながると思います。

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