礼拝の話

2019/04/25 

4月25日(木)聖書:ローマの信徒への手紙 12章9~10節 高知東教会 牧師 野口幸生

「愛には偽りがあってはなりません」。これをどのように聞くでしょうか。
これも、ドキッとする聖書の言葉ではないかと思います。
私は高校3年生のときに、あるドラマで「お父さん、人間に必要なのは愛です!」というセリフをきいた私は「そういうのを世間に伝える俳優になりたい!」と父に言いました。
そして、親に嘘をついて、連絡先も知らせずに東京で暮らし始めました。
家出状態の私を心配して、母は寝込み、父が友人たちに頭を下げて連絡先を聞き、「お母さんが倒れたから帰ってきなさい」と連絡をよこしました。
私は自分が間違っていない、説得したらわかるはずだ、と帰ってきました。
家に着いた私をみると、母が飛び出してきて、私に抱きつき「幸生、ご飯食べてる?風邪ひいてない?お金はある?友だちはおる?」と。
ご飯を食べていなくて、寝込んでいるのは母なのです。
それなのに、私のことは一言も責めないで、心配して。
それまでは親が自分のことをわかってないんだと思っていました。
でも、わかっていなかったのは私でした。
そして、両親の望むようにアメリカへの留学を決めました。
そこで、前回お話ししたクリスチャンの日本人との出会いがありました。
「愛には偽りがあってはなりません」。これは神さまの言葉です。
私たち一人ひとりを、命を捨てて愛していると言ってくださっているのですから、そこに偽りはないのです。
私たちは誰もが神さまに完全に愛されている。
いつもここから、偽りのない愛は出発するのです。

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