礼拝の話

2019/05/07 

5月7日(火)聖書:創世記2章7節・18節 校長 小西二巳夫

○○になる。
みなさんは自分の将来についてどのように考えているでしょうか。
運動が得意な人はスポーツ選手に、歌に自信があれば歌手に、ダンスなら踊り手、車が好きで運転手…などなど色々あげることができます。
選手、歌手、踊り手、運転手、全てに「手」という漢字が使われています。
○○になるためには、手を使う必要がある、ということです。
手を使うということは、働くこと。
手を使って働くのは人間だけなので、手イコール人、ということです。
手を働かせることによって、物以上に大切なものが作られます。
それは心です。
心とは、誰かのことを、何かのことを思うことです。
傷ついた人のこと思って悲しんだり、自分がしたことで誰かを苦しめたりしたことに悩んだり、親しい人の病気が治った時に喜んだりすることです。
清和はみなさんに何になってもらいたいかについて、はっきりとした願いがあります。
それは「助手」という働きをする人です。
「助手」は“助ける手”、英語にすると“パートナー”です。
今朝の聖書の箇所のアダムは“人”、エバは“パートナー(助ける人・助け手)”という意味の言葉です。
聖書は、人は一人では生きてはいけないと書いてあります。
誰かの助けや支えがなければ生きていけません。
自分が助ける人になることで、他の人を支えることができる、他の人を生かすことができるとしたら、それだけでやりがいがあります。
生きている意味があります。
助け手という手になることによって本当の人になることができるのです。
人らしい人になるために、働く手を持った人になるために、今日を生きていきましょう。

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