礼拝の話

2020/01/14 

1月14日(火)聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 13章1~2節 校長 小西二巳夫

俳優の水谷豊さんが父親(高橋晃一)役で出演した作品に「ホーム 愛しの座敷わらし」があります。

東京の食品会社で製品開発をしていた晃一は新しい商品が売れなかったことの責任を取らされて岩手の盛岡に転勤になります。

それぞれが問題を抱えていた高橋家は家族が何となくバラバラでした。

晃一は盛岡に引っ越すにあたって家族の絆を取り戻したいと考えます。

その引っ越し先の家に出たのが座敷童です。

座敷童は岩手県を中心とした東北地方の伝承的な存在です。

座敷童を見た者、住み着いた家には幸運が訪れるといわれています。

一家は座敷童によって次第に結びつきを取り戻し、転勤の要因となった商品も売上成績がぐんぐんと伸び、上司は休止していた柿カレーの開発再開のため、晃一を東京に呼び戻そうとします。

開発にあたって上司はコストを下げるために安い柿を使えと晃一に命令しますが、晃一は思い切って主張します。

「カレー用の柿を一緒に作ってきた農家の山田さんを切り捨てることはできない。」

納得しない上司に更にいいます。

「そこに愛がなければ空しい。」

晃一は思わず上司にそう言ったのです。

長年一緒に努力してきた人を切り捨ててまで商品を作りたくない。

そんな空しい物事の決め方、生き方はしたくないと言い切ったのです。

お互いが相手を大事な存在として受け入れることを愛するといいます。

一緒に開発してきた人を切り捨てることが結局自分を切り捨てる、家族を切り捨てることになるとわかったのです。

座敷童は子どもの霊ですから何かしてくれるわけではありません。

その弱い存在を受け入れることによって、受け入れる側が変わるということです。

座敷童は見えない存在として生きて働くイエスをイメージさせてくれます。

ただ座敷童と違うのは、イエスは助けを必要とする人のそばに必ずおられるということです。

誰を、何を、大事に生きたらいいのかを教えてくれました。

何を選ぶことが自分を豊かにし、周りを豊かにするのかを教えてくれました。

自ら十字架にかかることによって教えてくれたのがイエスです。

イエスに助けられながら、今週も共に歩んでいきましょう。

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