礼拝の話

2021/01/18 

1月18日(月)聖書 ローマの信徒への手紙 14章8~9節 校長 小西二巳夫

「嵐」のメンバーの1人、桜井翔が主演した10年前のドラマ「神戸新聞の7日間」があります。

26年前の1995年1月17日午前5時46分に阪神淡路大震災が発生しました。

ドラマはこの地震で本社が完全に倒壊した神戸新聞が、その困難の中で休まず新聞を発行し続けた1週間を描いたものです。

神戸で生まれ育った私にとって、神戸新聞は身近な存在でした。

私がこのドラマと神戸新聞を身近に感じる理由が他にもありました。

それは私の兄が神戸新聞の社会部の記者だったということです。

その兄と櫻井翔演じる報道カメラマンが重なって見えました。

11歳上の兄は、いわゆる優秀な人間で、小さい時から新聞記者になりたいという夢を持っていました。

新聞記者になって社会正義のために働きたいと考えていました。

その夢を夢だけに終わらせるのではなく、しっかり実現したわけです。

ところが兄は父親が起こした会社を継ぐために30代半ばに神戸新聞を辞めました。

その会社は日本で最初に病院で使われるおしめのレンタルを始めた会社でした。

支店や営業所をいくつも持っていて、業界では最大手の会社でしたが、兄がその会社に入ると知った時、私は納得できませんでした。

社会正義のために新聞記者になった人間が利益を追求する経営者になるわけです。

今から考えれば、自分勝手な失礼な話ですが、私には兄が何か魂を売ったように思えました。

その兄の会社も阪神淡路大震災で大きな被害を受けました。

本社ビルは倒れ、工場は壊れ、自宅もほぼ全壊しました。

大震災の被災者となった兄は、京都の工場から避難所で生活している赤ちゃんや老人のためにおしめや肌着、ベッドなどと運んできて、社員と一緒に配るボランティア活動を始めました。

NPOの事務所を本社の敷地の中に建て、新しい本社の建物ができた時には、その中に事務所を提供するなど協力を続けました。

兄の会社は、世の中がほとんど紙おむつになり、使い捨てが主流になっていく中で、布おむつのリースからベビー用品を扱う多角的な経営へ転換していきましたが、大震災を体験することで、使い捨てではなく、何度も使えるおしめの大切さ、紙ではなく布のおしめが体に優しいこと、子どもの体と心の成長によいこと、それを多くの人に知ってもらうことに会社の存続をかける決心をします。

環境にもやさしい会社作りをしようと考え直したのです。

「神戸新聞の7日間」を見て、改めて考えたことは、突然起こる大災害に対して人間は無力だということです。

災害を事前に防ぐことはできませんが、災害後をどのように生きるかについては、決して無力ではないということです。

人間にとって大切なのは、その後をどう生きるのかということです。

そういう意味で、大震災の被災者となり、多くのものを失いながらも自分だけのことではなく、その時に共に生きることを忘れなかった、それを具体的な方法で実行した兄にはかなわない、追いつけません。

高校3年生のみなさんとこのチャペルで一緒に礼拝するのもあとわずかです。

そのみなさんに考えてほしいのは、その後をどのように生きるのかを考えることのできる人になってほしいということです。

人間は不完全です。

自分が生きている社会、家族どころか、自分自身のことさえ思うように動かせません。

そして時として、思いもかけない大きな災難に出会います。

でも、それですべてが終わり、終わったのではないということです。

無力なように見えても、必ず何らかの形で神さまの働きかけがあって、生きる道は必ずある、示されるということです。

それが神と人間の歴史です。

自分が歴史を生きる一員であるということを忘れないなら、希望の人生になることは間違いありません。

それを保証してくれるのが、一人ひとりに寄り添ってくれるイエス・キリストです。

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