礼拝の話

2020/01/23 

1月23日(木)聖書 詩編 46編2~4節/イザヤ書55章8~9節 音楽科 三浦

25年前の1月17日、阪神大震災が起り、6000人以上の人の命が失われ、多く人が大切な家族、友人、住む家、その他多くのものを失いました。

25年も前ですから、生徒の皆さんはもちろん生まれていません。

震災などの自然災害は、本当に自分の身に降りかからないとなかなか覚え続けることは難しいものかもしれません。

しかし、忘れてしまってよい、知らないでいてよい、というものではありません。

いつか出会う、その人のために、いつか経験するかもしれない、その日のために、今自分はどのように生き、どう生きていくのか、どう備えるのかを考え続けることが大切なのではないでしょうか。

自分をどのように生きるかは、一人ひとりに背負わされている課題です。

重すぎて抱えられないような課題を背負うこともあれば、一緒に抱えてくれる仲間を得、助けを求めること、助けに感謝することの大切さを感じることもあるでしょう。

人は一人では生きられません。

自ら考えること。

世の中で何が起こっているかを注意深く知ること。

必要とされる忍耐力、知識、行動があります。

それらを学ぶために、学校があります。

日々の生活の中で、悩み、葛藤し、その中で周りの人と命を生きることが求められます。

そのためには知識も必要です。

相手を思いやる気持ちや、自分をぐっと抑える努力も必要です。

目の前にあるものだけで行動するのではなく、その後ろや先に何があるのかを想像する力も必要です。

すぐにできなくてもよいのです。

でも、できるようになる努力は必要です。

1つ1つ確かなものを積み重ねて、3年間、6年間を送ることで、身につくものがあります。

今できないからと言って投げ出しては、できるものもできません。

自分を投げ出さない、見捨てないことには、忍耐が必要です。

あきらめそうになる自分を支えることはしんどいものです。

でも、助け手は必ず与えられます。

人の命には限りがあります。

いろいろな現実に押しつぶされそうになることはたくさんあります。

でも、今日の御言葉のように、必ず助け手が与えられることを信じてこれからも歩んでいきましょう。

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