礼拝の話

2024/10/29 

10月22日(火) 聖書 ローマの信徒への手紙 12章17~20節 音楽科 三浦

先日、教科書に関するニュースを聞きました。

それは、日本からウクライナの生徒たちに教科書が提供された、というものでした。

今回の教科書提供について、ウクライナの教育に携わる大臣はこう言いました。

「2年前、ロシアからの戦争により、国の教科書についての予算が大幅に削減され、教科書を用意することができなくなった」と。

わたしはこの言葉に衝撃を受けると同時に、戦争が起こる、平和でなくなる、ということは、こういうことなのだ、と思い知らされたように思います。

ここまで時間をかけて、戦争について、平和について、人が生きるとは、ということについて、この礼拝でも話をしてきましたが、どこかで、自分から遠く離れたことであるかのように感じることも多かったのではないでしょうか。

でも、どうでしょう。

日々、学習に使う教科書が用意されない世界が、わたしたちの生活にあるとしたら。

大人が起こした戦争によって、ある日、わたしたちが使う教科書は、今は余計なものにお金は使えないからありません、作れません、と言われたとしたら。

人はおろかな生き物で、すぐに歴史を忘れ、同じ過ちを繰り返すものです。

哀しい、悲惨なことを、二度と誰もが体験することがないように、平和について学び、平和憲法のもとに過ごして来た日本で学ぶわたしたちは、今、学ぶことができるということは、これまで、子どもたちが学ぶ環境を整えようとして来た大人たちがいたこと、それぞれいろいろな思いはあるにしても、学ぶ環境を用意され、通う学校があり、学ぶ時を与えられている、ということです。

当然のように過ごしている日々が、ある時、一瞬にして変わるということを、わたしたちは世界中のニュースを瞬時に知ることができるので、知っています。

そして今、そのことが自分たちに起きないとも限らない、という現実も見ることになります。

しかし、そのような中にあって、今朝の聖書の箇所にあるように、平和に暮らすために必要な知恵、知識を自分自身の中にしっかりと溜めていく学びの時を過ごしたいと思います。

中学3年生は、明日から長崎での研修旅行へ向かいます。

先日、ノーベル平和賞を受賞した日本被団協に大きく関わりがある場所です。

現地でしか感じられないことがあるとわたしは思っています。

そして、この高知にいるからこそ考えることができることもある、と信じています。

今日1日の学びが、また明日からの研修期間の学び、学校での学びが、わたしたち一人ひとりの中で「悪に負けることなく、善をもって悪に勝つ」力を養う時となるように祈りたいと思います。

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