礼拝の話

2020/10/27 

10月27日(火)聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章20~22節 理科 寺田

最近は暗くなるのが早くなってきました。

明るさは目で感じ、2つあります。

人の声は耳で感じ、これも2つあります。

話すときは口を使い、これは1つです。

目は片方だけでは立体的に見ることができません。

距離感をつかむために目は2つあります。

耳は片方だけでは音の聞こえてくる方向が分かりません。

私は耳が片方聞こえないので呼ばれている方向が分からないということがあります。

口は2つあるとうまく話せません。

このように体には必要に応じてそれぞれ決まった数の部分があります。

みなさんの周りの人はどんな人か考えてみてください。

あの人は優しい、あの人はちょっと怖いというイメージがあると思いますが、どのようにして判断しているのでしょうか。

見た目や声など目や耳で簡単に分かることで判断していますが、本当にそれで判断しきれるでしょうか。

例えば、怖いと思っていた人がいるとします。

その人は人見知りだったため怖い雰囲気をしていたが、本当は優しかったということもあるでしょう。

また、考え方が合わないと思っていた人が同じ趣味を持っていたということもあるでしょう。

中学校時代のクラスメイトに苦手な人がいましたが、その人がクラスのムードメーカーだったり、クラスを引っ張ったりしてくれていて、私から見て苦手だと思っていても確実に私の周りに必要な人でした。

私たちは分かっているつもりでも他の人に対して分かっていないことがあるのです。

このように人間の目や耳は確かなものではありません。

聖書はこのことを体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要と表現しています。

ほかよりも弱く見える部分というのは私たちが弱いと判断したということです。

真っ暗闇に光が照ると明るい部分と暗い部分ができます。

光が当たる部分は簡単に見えても、影になる部分は目を凝らさないと見えません。

影の中を探すように目を凝らしてまわりの人のことを見てみてください。

その人の意外な一面に気付くはずです。

体のパーツはあるべきところにあるべき順番で組み合わさっています。

体のパーツが組み合わさるように私たちの人との関係で新たな一面を知ることができます。

しかし、ただ何となく付き合っていてはいけません。

福笑いのようにバラバラな関係になってしまいます。

真剣に向き合うことで人との関係が出来上がり、その人の必要性に気付くことができます。

その良い機会が今日の生徒会行事です。

6、7限には生徒会が楽しいイベントを企画してくれています。

その中では今まであまり関わりのなかった人と同じグループになることもあるでしょう。

苦手だと思っていた人とグループになることもあるでしょう。

もちろん仲が良い人と一緒になるかも知れません。

これはチャンスだと思います。

よく目を凝らしてその人と向き合ってみてください。

思いがけない形でパーツが組み合わさるかもしれません。

そして、今までその人に対して持っていたイメージが変わるかもしれません。

今まで見てこなかった隠れた部分を目の当たりにしたとき、その人をより深く理解することができます。

それを楽しみに生徒会行事にチャレンジしてみましょう。

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