礼拝の話

2019/10/31 

10月30日(水)聖書:箴言 20章6節 日本基督教団 高知東教会 野口幸生牧師

私には親友と呼ぶ相手、あまり多くはないのです。

しかし、この人が神さまのために頑張っているから私も頑張ろう、と思う友人が私にはいます。

同い年で高校時代からルースを通じて留学していたので、英語は堪能、背も高くて男前、話も面白くて申し分ない彼ですが、まっすぐ過ぎて、生きるのが不器用な人でした。

彼の家庭は色々なことがあって、本当に大変だったのですが、お母さんが教会に通うようになり、洗礼を受けて、それこそ生まれ変わったように生き始めました。

そんな母親を「母さん、だまされてるんじゃない?」という彼でしたが、確かに変わっていく母親を見て、自分もイエス様を信じて生きようと洗礼を受けました。

高校を退学になって、逃げるように留学して、聖書を読んで、教会生活をしていくうちに、やはり救いは十字架にしかない、と思った彼は、戦場カメラマンになる、とカメラの勉強をし、実際のその活動をしていました。

しばらくしたある日、「俺、戦場カメラマンやめて、伝道者になる!」と電話がありました。

そして彼は聖書を学ぶ大学に行きました。

私がアメリカに来て2年が過ぎた時、留学生のためのバイブルスタディを始めました。

色々試行錯誤したものの、バイブルスタディに行き詰まりを感じていた時、「お前の大学に行って日本人伝道手伝うよ」とその彼が連絡をくれて、バイブルスタディを続けることができました。

彼はロックバンドが好きで、私も好きでしたし、何より、私がいっていた教会はクリスチャンロックバンドの青年たちがバンドで賛美の奏楽をしていたので、すぐに溶け込みました。

彼と一緒にいた期間は半年足らずでしたが、その間にもう1人の日本人もイエス様を信じて洗礼を受けました。

生きるのが不器用でも、大丈夫です。

神さまはそんな私たちをも大いに祝福してくださるからです。

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