礼拝の話

2020/10/07 

10月7日(水)聖書 マタイによる福音書 6章22~23節 日本キリスト改革派 高知教会 小澤寿輔牧師

今日から毎週水曜日にチャペルでお話しをさせていただくことになりました。

今日は10月7日ですが、3日後の10月10日は、「目の愛護デー」です。

目というのは、とても小さな器官ですが、大変よく出来ています。

周りのものをモノクロではなく、天然色で見ますし、立体的に見ます。

目のレンズは、近くのものでも遠くのものでも、瞬間に焦点を合わせてくれます。

瞳孔は、自動的に開いたり閉じたりして、網膜に差し込む光の量を調節してくれます。

それによって、明るくても暗くても物が見えるようにされます。

その上、ものの動きを瞬時に捕らえ、現像も焼き付けも一瞬の速さでしてくれます。

この素晴らしい機能を持つ目は、どんなに精巧なカメラにもスマホにも比べることのできない傑作です。

さて、今朝の御言葉で、イエス・キリストは、「体のともし火は目である。目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば、全身が暗い」と言われました。

「目は心の窓」とよく言われます。

もし「窓」がきれいで、外から陽がきれいに差し込むのなら、部屋は明るく、生活もし易いです。

もし「窓」が汚れていたら、外からの光が遮られてしまい、生活全体も暗くなりがちです。

「心」においても同じことが言えます。

明るい心で生活するためには、光がきれいに差し込む必要があります。

「心の窓」をきれいに保つために、私たちはどうすれば良いのでしょうか。

まず、目から入る強い刺激や誘惑を避け、日常の生活を清く保つことです。

また、私たちの心の視力を下げる汚れを取り除く必要もあります。

「心の窓」の汚れを落とすための目薬は、薬屋さんにはありません。

この目薬は、今、皆さんが身を置いている、チャペルから受け取るものです。

皆さんが、神を礼拝し、心を開いて聖書の言葉に聴き、受け入れるとき、神が御言葉とともに働いて、皆さんの「心の窓」をきれいにしてくださいます。

10月10日の「目の愛護デー」を迎えるにあたり、からだの一部である目を大切にすると共に、「心の窓」を美しくしていただくために、聖書の言葉から学ぶチャペルの時間を大切にしましょう。

汚れた窓がきれいになったときのように、今まで見えなかった新しい世界が見えるようになり、豊かな人生が開けてきます。

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