礼拝の話

2020/11/24 

11月24日(火)聖書 ルカによる福音書 12章4~7節 校長 小西二巳夫

新型コロナウイルスの第3波が来ました。

1か月後に無観客で行うことにしたチャペルクリスマスができるようにしっかり祈りたいと思います。

今朝の聖書の箇所では、エルサレム神殿へのお参りの話が書かれています。

神殿へお参りする際に動物を捧げるのが習慣でした。

お金持ちは値段の高い羊を、あまり余裕のない人は鳩などの鳥を捧げました。

そして、貧しい人たちが捧げたのが、値段の一番安いスズメでした。

日常生活でも、スズメは貧しい人たちが食べる鳥と考えられていました。

イエスの時代のユダヤではスズメは人気のない、そしておいしくない、印象の良くない鳥だったのです。

そうしたスズメを指しながら、イエスは人々に次のように言われました。

「何の値打ちのないと思われるスズメでさえ、神さまは大切な存在として愛してくださる。人はスズメよりはるかに値打ちのある存在であるはずだ。神さまは人をお見捨てにはならない」。

イエスはこの話を誰に向かってされたのでしょうか。

それは、明日の食べ物どころか、今日食べるのにも困っている人たち、ユダヤの社会の中で存在が認められていない人たち、そして自分で自分を肯定的に受け止められない、自分などいてもいなくてもいいと考えている人たちでした。

その彼らに対して、イエスは「あなたには生きる意味があり、あなたを神さまは徹底的に愛してくださっている」と言われたのです。

イエスはなぜ人々をスズメに例えたのでしょうか。

スズメは一見チュンチュン鳴くかわいい鳥、はかない存在のように思えますが、実際にはどうでしょう。

まず人には懐きません。

慣れようとしません。

無理やり飼おうとするとすぐに死んでしまいます。

つまり、弱くて扱いにくい鳥なのです。

イエスに周りにいた人たちは、そういう存在にされた人たちだったのです。

その人たちに、あなたは何も悪くない、自分を責めるなと言われたのです。

神さまはあなたをこれからも精一杯愛される、大切にされると宣言されたのです。

だから心配するなと言われたのです。

この言葉に多くの人々が自分で自分を受け入れることができました。

心が解放されて、素直に生きようと思ったのです。

そのことに気づくなら、新しい力を得ることができます。

新しい気持ちでこの1週間生きていけます。

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