礼拝の話

2020/12/23 

12月23日(水) クリスマス礼拝(2学期終業礼拝)聖書 マタイによる福音書 1章18~23節 校長 小西二巳夫

動物、特に猫の写真を撮ることで有名な岩合光昭という写真家がいます。

岩合さんは猫の写真を撮る時、必ず猫に話しかけます。

岩合さんが好きなタイプの猫は「コワモテ」の雄猫、“オレは人間に愛嬌を振りまかない、決してなつかない”という猫です。

「100万回生きたねこ」という絵本があります。

100万回死んで、100万回生きた立派なトラ猫でした。

100万人がその猫を可愛がり、その猫が死んだ時みんなが泣きましたが、この猫は泣いたことがありませんでした。

100万回というのは、永遠に、ずっと、という意味です。

そして100万人というのは、数えきれないくらいたくさんの人ということです。

主人公の猫は何度も生まれ変わってはあちこちの飼い猫になります。

どの飼い主からも可愛がられましたが、猫自身は一度も飼い主を愛したことがなく、飼い主が死んだ時にも一度も泣きませんでした。

主人公の猫は自分が好きで、猫らしい“すり寄る”という態度は一切とらないクールな猫でした。

人気があり、愛されることに満足していました。

こういう猫にぴったりの言葉があります。

「〇〇ファースト」です。

アメリカでは“アメリカファースト”、東京では”都民ファースト”という言葉がありましたが、こう言われて嬉しいと喜ぶ人がいます。

でも、〇〇ファーストは自分と仲間は大切にするけれど、それ以外は嫌い、ということです。

自分ファーストになればなるほど、お互いの関係はギスギスします。

憎しみが大きくなり、争いが起こり、紛争が起こり、戦争が起こります。

今それが、世界中のあちこちで、またSNSの世界で起こっています。

そんな世の中や人間関係が楽しいかと言えば、間違いなくNoです。

〇〇ファーストは自分を本当の意味で大切にすることにはならず、生きにくい世の中、生きにくい自分にしていくことになるのです。

ある日、主人公の猫に見向きもしない美しい白い猫が現れました。

初めて他の猫、他の存在が気になり始めました。

振り向いてもらいたくて何度もアプローチして、最後には「そばにいてもいいかい」と尋ねます。

白い猫はその言葉を受け入れてくれました。

主人公は自分以外の誰かと気持ちを通じ合わせることの大切さを知りました。

気持ちが通じ合うことによって、それまでとは違う生きる喜びを感じるようなりました。

白い猫との間に可愛い子猫が生まれ、主人公は自分より白い猫たちを愛するようになりました。

今風の言い方にすれば、〇〇ファーストから〇〇セカンドになったのです。

自分にとって大切なことが、自分だけを愛することではなく、他者を愛し、他者と共に生きることだとわかったのです。

絵本は、愛する白い猫を亡くして初めて主人公の猫が泣き、もう決して生き返らなかったと終わります。

「100万回生きたねこ」からわかるのは、一方通行の関係だけでは生きる喜びは生まれてこないということです。

人間は、自分以外の人のことを、自分のこととして考えることによって、初めて生きがいを持つことができる、生きる意味を見つけることができるということです。

イエスは人間として最も大切にしなければならないことは何かと尋ねられた時、「主なる神を愛し、隣人を自分のように愛すること」だと答えられました。

イエスが今の時代に生きたなら、次のように表現されたかもしれません。

「自分ファーストではなく、自分セカンドに生きなさい」。

人間としてあれこれ考えないといけないことはたくさんあるように思います。

考え方は立場や年齢などによって違うとは思いますが、「自分セカンド」を忘れない限りは間違ったこと、不幸なことにはならないのです。

多くの人が生きにくさを感じる、争いばかりがある社会や時代にはならないのです。

イエス・キリストは、それを自らの人生をかけて教えるために、この世界に誕生されました。

それがクリスマスの持つ意味です。

清和は競争に勝つことや能力を第一に考える自分ファーストの教育ではなく、自分セカンドの教育を

120年間行ってきました。

だからこそ、学校の中に、人と人との中に、誰もが生きやすく過ごしやすい空気が作られているのです。

明日から冬休みです。

体調に気をつけて過ごしましょう。

成長したみなさんと1月8日の始業礼拝でお会いできることをお祈りします。

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