礼拝の話

2019/12/06 

12月5日(木)聖書 フィリピの信徒への手紙 2章6~11節 社会科 山脇

チャペルクリスマスでは、全校でハレルヤを歌います。

ハレルヤの歌詞の中に、「KING OF KINGS:王の王」「LORD OF LORDS:主の主」とあります。

世にいる沢山の王の中で、イエス・キリストこそ王であり私たちの主である、ということですが、私たちが王や君主、権力者と聞いた時に、どのようなイメージを持つでしょうか。

歴史を学んでいると、その時々に絶大な権力を握った王が出てきます。

古代エジプトの王、ファラオと呼ばれた王たち、中国を初めて統一した秦の始皇帝、フランスの絶対王政を築いたルイ14世。

極貧の中から、皇帝にまで上り詰め、その地位につくと、自らの地位を守るために、裏切りを許さず、多くの家臣を死に追いやった者、挫折の中から這い上がり、絶対的な権力を握って独裁政治を行った人物も数え切れません。

彼らは、その国や周辺地域に絶対的な力を及ぼし、それこそ「王」として君臨していました。

そのような独裁的な権力を持っている君主や政府は、現在も存在しています。

イエス・キリストはどうでしょうか。

ハレルヤの中で「王の王」「主の主」と歌われるイエスは、私たちがイメージする王や君主、権力者とはかけ離れているように感じます。

今朝の聖書の箇所にもあるように、聖書に記されているイエスは、私たちと同じように、喜びや悲しみを感じながら日々の生活を送られました。

私たちがイメージする王や権力者が、決して交わらないような人々と交わり、彼らとともに喜び、ともに悲しみ、ともに歩まれたことが分かります。

イエスがともに歩まれた人々の中には、重い皮膚病や長い間病気で苦しんでいる人々、自分の犯した罪のため苦しむ人々や、徴税人のように、周りの人々から忌み嫌われている人々もいました。

社会的に身分の低かった女性や子どもも、イエスは暖かく迎え入れました。

つまり、周りにいる全ての人々と、イエス・キリストは交わり、そして、神の愛を伝えたのです。

この世でのイエスの生涯を見てみると、私たちがイメージする王、君主とはあきらかに違うことが分かります。

自ら手を差し伸べ、私たちとともに歩んでくださる王がイエス・キリストです。

イエス・キリストは、私たちに希望を与えるために、神が与えてくださった贈り物です。

クリスマスは、その神様からのプレゼントであるイエス・キリストの誕生を感謝する日です。

その日を感謝して迎えることができますように祈ります。

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