礼拝の話

2020/02/14 

2月13日(木)聖書 箴言 1章7節 音楽科 三浦

先月、高校2年生は修学旅行に行きました。

修学旅行はいつもと違う環境で体を動かし、頭を働かせ、お互いに気遣いあうことを学ぶ大切な機会です。

清和の修学旅行で大切にしているのは戦没画学生慰霊美術館「無言館」を訪ねることです。

私は何度行ってもこみ上げるものを抑えることはできません。

作品の横には、それがどのような背景で描かれたか、大切に保管していた家族の方はどんな思いでこの作品を守り続けてきたのか、など、短い文章で紹介があります。

今から100年も経たない時代に大きな戦争があり、日中戦争、太平洋戦争では300万人以上の戦死者を出しました。

学徒出陣といって、望まないまま戦地に送られた数万人の学生もいました。

この美術館に展示されている作品はそのような方々のものだということです。

どの絵も本当に才能豊かなことを感じさせられるものばかりで、生きていれば日本の芸術界のリーダーとなっていた方ばかりだったのだろうと思わされます。

そして、そのような才能を平気で失わせる世界を作り上げた戦争がいかに愚かなものであるかを考えさせられます。

無言館の「無言」は私たちに何を伝えようとして名付けられたのでしょうか。

志し半ばで亡くなっていった画学生たちの声にならない声でしょうか。

遺された家族の言葉にならない悲しみでしょうか。

悲惨な現実を受け止めようとしない、私たちへの警告でしょうか。

いろいろな受け止め方があるのだと思います。

人は本当に物事を考える時、じっと黙る必要があります。

いろいろなことを整理するために、静まる必要があります。

自分が今やらなければならないことは何か。

考えなければならないことは何か。

向き合わなければならない課題は何なのか。

これらを常に考え続けていくためには、黙する時、静かに自分と向き合う時間が必要です。

この礼拝の時間は一人ひとりが自分を見つめ、今日をしっかりと歩むためにあります。

清和ではこの時間をなくして、学校生活は送れません。

自分と向き合い、クラスメート、先輩、後輩とお互いに力を合わせて歩むことで、これからの社会を生きていく力をお互いにつけていきましょう。

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