礼拝の話

2021/03/02 

3月2日(火)聖書 ルカによる福音書 16章10~11節 日本キリスト改革派 高知教会 小澤寿輔牧師

聖書の中に、一代で当時の大国のナンバー2にまで出世した人のお話があります。

旧約聖書の創世記に登場するヨセフです。

へブライ人であったヨセフは、兄たちに売られて、遠い国エジプトで奴隷として生きなければなりませんでしたが、彼は自暴自棄にならず、どんな仕事にも真面目に取り組みました。

その裏表のない忠実な働き振りが主人に認められ、彼は主人の家の管理をすべて任されるようになりました。

ある日、濡れ衣を着せられて、本当は無罪なのに投獄されてしまいましたが、そのときにも、ヨセフは自分に任された仕事よくこなしました。

そのために、彼は、自分自身も囚人でありながら、牢獄のすべての囚人を管理するという役目に任ぜられました。

その上、その牢獄で、ある男の夢を解いたのがきっかけで、エジプトの王様の夢を解く機会が与えられ、エジプト全土を統治する総理大臣に任命されたのです。

彼は、奴隷の身分から、一気にエジプトのナンバー2に抜擢されたのです。

でも、なぜヨセフは、そのような出世を遂げることができたのでしょうか。

それは、彼が「ごく小さな事に忠実であった」ということです。

それを直接教えているのが、今朝の聖書の箇所です。

神との関係において自分がどういう位置にあるのかをわきまえて事に当たっているかということ、これが「忠実さ」なのです。

私たちが今、この地上で持っているもの、使っているもののすべては、実は、自分のものではなくて、神のものなのです。

私たちは、何も持たず、この世に生まれ、何も持たずにこの世を去ります。

私たちは、神からすべてのものを預かって、ただ管理しているに過ぎないのです。

「忠実さ」とは、神との関係において、自分がどういう位置にあるのかを知っているか、ということなのです。

私たちが今用いている「地上の富」は、実は自分のものではなく、すべて「神のものである」ということを理解して、神のために使うとき、それを「忠実」と言います。

そのように、神に忠実に生きることこそが、私たちが、今、地上で生きる目的なのではないでしょうか。

私たちも、やがて天国に入れていただき、主人である神から「忠実な良い僕だ」と言っていただけるように、地上の生涯において、自分に預けられているすべてのものを「神に喜ばれるように」上手に管理をし、用いて生きていくことを目指してみませんか。

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