礼拝の話

2023/05/19 

5月18日(木) 聖書 コリントの信徒への手紙Ⅱ 12章9節 英語科 菅田

「毎日、日記を書こう」という目標を何度も立てたことがあります。

が、日記を毎日書き続けるということはできていません。

自分が考えていることができない自分に気づき、マイナス思考になり絶望してしまいます。

そんな中、雨宮紫苑さんというフリーライターさんの1つの記事に出会いました。

その記事のタイトルは「意識を変えて行動するは誤りで、行動を変えると意識が変わるが正しい」でした。

読んでいくと、強く何かを決意する行為は「それらしい理由」を並べて自分を納得させることだと言っていました。

ここでいう、「それらしい理由」は、やるべき理由です。

やるべき理由を並べると、すぐにその反対のやらなくていい理由が見えてしまう。

私にはあてはまることばかりでした。

毎日必ず日記を書こう、というものも「自分の人生を振り返るときにも使えるから」と考え、自分の中では強い意志、やるべき理由をもってスタートします。

そうしたはずなのに、続かないわけを雨宮さんの言葉から考えると、「やるべき理由」に対して「やらなくていい理由」で反論し行動をするということで、わたしはこの「毎日日記を書く」ということから逃げていたということになります。

日記を書こうと思っているのに、「今日は疲れたから」「急な予定がはいったから」と「やらなくていい理由」を考えて、やらない、という激アマな自分がいたんだと気づきました。

このような気づきがあったのは、「自分は弱い人間だな」という思いから得られたものでした。

今日の聖書箇所は、弱い自分に寄り添ってくれるように感じております。

何度も失敗をしてマイナスな感情で、自分をダメな人間だと思うことは、最終的に自分を攻撃してしまうことになります。

自分を攻撃してしまうこの弱さ、またマイナスな感情になってしまう弱さを受け入れなさいと、聖書は言っています。

そして、その自分の弱さを、受け入れるだけでなく、その弱さを誇ろうと書いてあります。

この「決意の弱い自分」は新しい可能性に気付かせてくれる自分でもあります。

弱い自分をどのようにしたらいいかと日々考えることが、これからの自分の強さにつながっていきます。

弱い自分を発見したとき、その弱さを大切な自分の一部だと受け入れることを忘れずに今日も過ごしていきたいと思います。

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