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2019/06/18 

6月18日(火)聖書:ローマの信徒への手紙 2章1節 日本基督教団 高知東教会 野口幸生牧師

大学が始まって1ヶ月半がたち、初めての試験がありました。
相変わらず授業の先生の英語はわかりません。
教科書1ページ読むのに30分もかかるのに、20ページも30ページも読まないといけないので、本当に寝る時間がありませんでした。
生まれて初めて本気で勉強をしました。
それまで、本気で勉強したことがありませんでしたが、この時は本気でやらざるを得なかった。
落第してビザが取れなくなって日本に帰らないといけなくなったら、また母親を泣かすことになる、そんなことはできない、ここで本気を出さないでいつ出す?と自分を奮い立たせて必死で寝ないで勉強しました。
それでも追いつかない。
試験が迫り、教会も行かなくなり、聖書も読まなくなりました。
聖書をどこにおいたかもわからないくらい勉強して、本気を出したらできるんだから!と本気で勉強して返ってきた結果…。
5つのうち3つが赤点…、残り2つも赤点ギリギリ…。
その夕方、部屋のベッドに顔からぶっ倒れて頭真っ白でした。
頭から爪先まで全身惨めでした。
涙も出ない。
生まれて初めて本気を出したんです。
俺は大丈夫と信じていたんです。
本気を出せば、と自分を信じて、自分よりできない人を負け犬のように思って。
でも、本気を出したら、俺が負け犬だった。
言い訳できないくらい本気でやったのに!
酒でも飲んで現実逃避しよう、これしか思いつかなかったので、これしかないと思いました。
そしてベッドから頭を起こしたら、目の前の机に山積みになっていた教科書の下に押しつぶされていた聖書が目に飛び込んできました。
こういう時はここを読め、というのがあったなぁとページを開きました。
悲しい時はここ?「悲しんでいる人たちは幸いである」
…何が幸いか!何だそれ!他は??と読むのですが、全然わからないし、心に響かない。
自分はできると思っていました。
でも生まれて初めて本気を出して、その自分は偽りだったと知りました。
口だけでした。
親に俺は愛のために生きているといったのが口だけだったように、また口だけだったと思い知りました。
でも、それならどうしたらよいのか?
そういう私を神さまがつかまえて下さいました。
聖書によって、俺には必要ないと思っていたイエスさまによって。
この後、マジつかまります!
この神さまの恵みのもと、今日も過ごせますように。

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