礼拝の話

2021/06/15 

6月15日(火) 聖書 エフェソの信徒への手紙 4章25~26節 理科 岡村

私たちは瞬時に危険からの身を守る方法の1つとして、喜怒哀楽といった感情を持っています。

一瞬にして、体全体を、嬉しい、悲しいといった感情で支配するのです。

喜怒哀楽といった感情の中で、怒りは誰もが持っている感情ですが、この怒りの感情に飲み込まれて失敗したという経験もみなさんあると思いますが、「怒り」とは、「二次感情」と言われます。

最初に感じる感情を「一次感情」と言い、『悲しみ』『虚しさ』『苦しみ』『心配』『さみしさ』などがあります。

これらの一次感情が大きければ大きいほど、二次感情である怒りとして表現されます。

マイナスの感情と正面から向き合うにはエネルギーが必要です。

すぐさま「怒り」という感情への切り替えを図り、自分がダメージを負わなくて済むように、心を守っているのです。

しかし、元々の「寂しい」といった一次感情を無視しているので解決にはなっていません。

怒りそうになったときは、自分の中に「怒り」に感情があることを認め、「なぜ自分は怒っているのか」と考えることで、自分の本来の感情ときちんと向き合うことができます。

そのためにはまず一呼吸置くことが大切です。

そのうえで、相手に目を向けるのではなく、自分に目を向けるようにします。

その自分を受け止め、自分の本来の気持ちを素直に伝えることができたら、よい人間関係を築いていくことができると思います。

自分に目を向けるということを、キリスト教では、祈るという方法で行います。

祈ることで、自分をかえりみ、前向きに取り組むことができます。

そして祈りは未来を良いものにかえようとすることです。

それは言葉によって祈ります。

心の中で祈ります。

その祈りは、自分のためだけ、自分が得することだけのためではありません。

誰かのことを思い言葉にすること、そしてそのことが自分の成長へとつながっていきます。

清和は、この祈りを当たり前にできる学校です。

この時間を大切にし、みなさんと一緒に成長していけることを願っています。

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