礼拝の話

2019/06/17 

6月17日(月)聖書:マタイによる福音書10章16節 校長 小西二巳夫

私の好きな作家に宮本輝という人がいます。
宮本さんは教育についての話もよく書かれるのですが、幸せな人生のためには、学校に通っている間はやりたいことは辛抱して、ひたすら受験勉強に励んで、いい大学に入ることだ、という考え方を痛烈に批判しているものがあります。
先日、偶然卒業生に会いました。
私に高知で「卒業生です」といってくれるのは、3月に卒業した人たちだけです。
卒業した学校の教師、あるいは今通っている学校の先生に気づいた時、多くの場合どんな態度をとるでしょうか。
避けていく、無言で通り過ぎる、ぎゃあと逃げていく…。
残念ながらそういうのが普通と思われる中で、その卒業生は自分の方から、ごく自然に声をかけてきてくれました。
私がその卒業生、皆さんの先輩に感じたこと、見たことは、力強さです。
自信を持って生きていることです。
ニコッとした笑顔に素直さを見ました。
素直な人だけが持つ輝きを見ました。
清和を卒業してまだ3ヶ月です。
3ヶ月という短い期間で自信がにじみ出たり、急に輝いたりするはずはありません。
そこには準備期間があったはずです。
力強さと輝きの準備期間、それが清和の3年間であることは間違いありません。
その3年間もすべてが順調だったわけではありません。
しかし、自分をしっかりと受けとめられた清和での学校生活の延長線上に今の姿があるわけです。
その卒業生もそれを感じてわかっているから、私に声をかけてきてくれたのです。
その先輩の清和での3年間を宮本輝の小説の言葉で表すならば「柔軟な心の時代に真に豊かなものに触れることができた」ということです。
清和は一人ひとりに、青春をすり減らすのではなく、本当の賢さを持った人になってもらうことを願う学校です。
そのことに気づけたら、そこから新しい自分になるとの決意が生まれます。
気づく、というのは、素直になることです。
清和で学ぶ一人ひとりに何より求められているのは素直になることです。
できる限り素直な自分になることです。
それは、素直な自分が一番強い自分だからです。
その素直さをいつでも取り戻すことができる人になるために、皆さんは今清和で学んでいるのです。

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