礼拝の話

2024/06/18 

6月7日(金) 聖書 マタイによる福音書 5章8~9節 国語科 山岡

今日の聖書箇所は今年度の年間標語聖句になっている箇所です。

また、「清和」という校名の元にもなり、建学の精神にもなっています。

今回この箇所が年間標語聖句になったということで「心の清い人」「平和を実現する人」

とはどのような人なのか考える機会になりました。

学園祭のテーマを決める時「平和」について考えたと思います。

「平和を実現する人」とはどのような人なのか、どうすればいいのかなんとなくでも考えられたのではないでしょうか。

では、「心の清い人」とはどのような人なのでしょう。

聖書でいう十戒を守る人のことなのか、ルールを守る人のことなのか。

そんなことを考えているとき「鋼の錬金術師」というアニメに出会いました。

錬金術というのは、等価交換の元で行われます。

2人の兄弟は、してはいけない錬金術を使ったことで、それぞれの体を失います。

自分たちの体をもとに戻すために旅に出ます。

元々は自分たちの目的のために出た旅ですが、その中で、自分たちを優先するのではなく誰かのために行動をするという場面が多くあります。

自分たちの目的のためになりふり構うのではなく、周りの人たちのために行動しているのです。

物語の最後、体をとり戻し、主人公がいうセリフがあります。

「10もらったら自分の1を上乗せして11にして次の人へ渡す。小さいけど僕たちが辿りついた“等価交換を否定する新しい法則”です」。

このセリフを聞いて、私の中で「心の清い人」とはどんな人であるかつながりました。

「心の清い人」とは自分の時間を誰かのために捧げることのできる人、つまり周りの人

を大切にする、愛することのできる人だと思います。

そして、その生き方を私たちに示してくれたのがイエスさまです。

イエスさまは1とは言わず自身のすべてを私に捧げてくださいました。

その行動が十字架です。

それは等価交換の考えでは絶対にできないことです。

そして、その生き方こそが人間にとって幸せな生き方なのだと思います。

だからこそ、今日の聖書箇所で「心の清い人々は、幸いである。その人たちは神を見る。平和を実現する人は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」と言われているのです。

「誰かに与え続けるだけでは自分が損している」と思うかもしれません。

しかし、聖書に出てくる登場人物はその生き方が幸せだと気づいたからこそイエスさまに従い、遣わされたのだと思います。

見返りを求めない愛を私たちはイエスさまからもらっています。

イエスさまの生き方に習って、これからの日々を歩んでいきたいと思います。

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