礼拝の話

2021/07/19 

7月19日(月) 聖書 コリントの信徒への手紙Ⅱ 4章7~9節 音楽科 三浦

先週は夏期プログラムとして〈ともに生きる〉をテーマにそれぞれのクラスで活動をしました。

〈ともに生きる〉ことを考える時に、大切なのは私という存在そのものを通して、自分の周りにある事柄と〈ともに生きる〉ことが求められているということを忘れないということなのだと思います。

2013年9月にさまざまな経緯を経て、2度目の東京オリンピックの開催が決定されました。

〈復興五輪〉と銘打って行おうとしていたオリンピックは、〈コロナに打ち勝った証〉、さらには〈安心安全に配慮し、世界が一つになる大会に〉に変わっていきました。

この〈ともに生きる〉ということと照らし合わせるならば、このオリンピックを通して私たちが思い続けることは〈被災地とともに生きる〉ではないでしょうか。

私たちの高知県はまもなく南海トラフ大地震に見舞われることはわかっています。

大きな災害にあって、周りの人は忘れても、そのことにあった当事者はその事実を忘れることはできません。

どんなに以前と同じような生活ができる環境が整ったとしても、それは以前とまったく同じ生活ではありません。

そのことを想像できる感性が、この〈ともに生きる〉ことを考える私たちにはできるのだと思います。

〈ともに生きる〉と言葉では簡単にいえても、実際に〈ともに生きる〉ことは簡単ではないでしょう。

だからこそ、考え続けることが必要なのです。

私たちは何かの出来事で一瞬にして希望を失うことがあります。

そして、ふとした、他愛もない出来事で遠くに光が見えることもあります。

絶望しかない現実を生きる中に希望を見いだすことができるとしたら、それは、誰かが共にいてくる、共に生きてくれているということなのではないしょうか。

そのことを心にとめて、今日1日を過ごしたいと思います。

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