礼拝の話

2020/07/28 

7月28日(火)聖書 ヨハネによる福音書 14章21節 英語科 中山

「泥かぶら」というお話があります。

とても貧しく醜いと言われる女の子で、家もなく、かぶら(蕪)のような顔をしていたので「泥かぶら」と呼ばれていました。

ある時、この女の子がいじめられていると一人のおじいさんが通りかかりました。

おじいさんはかわいそうな女の子に、どうしたらきれいになってみんなと仲良くなれるか教えてくれました。

まず1つは、自分の醜さを恥じないこと。

2つ目は、いつもにっこりと笑っていること。

3つ目は、相手の立場に立ってものを考え、人の喜ぶことをすること。

女の子は美しくなりたくて、この教えを懸命に守り続けます。

いつも笑顔で、人の立場になって、人の喜ぶことを続け、人の嫌がることでもにこにこしながらしました。

村の人のために労をいとわずに働く女の子は、次第に村人にとってかけがえのない存在になっていきました。

にこにこ笑っているうちに、彼女の険しかった顔は柔和になり、醜かった表情も消え、だんだんときれいになっていきました。

ある日、恐ろしい人買いが村にやってきました。

借金を返せない家の子どもを連れて行こうとした時、彼女は「私を代わりに連れて行って」と身代わりになります。

彼女は人買いといる時も3つの教えを忘れませんでした。

そんな彼女に人買いは大きく心を揺さぶられます。

親に捨てられ、家もない女の子が不幸でなかったはずがないのに、誰に対しても恨み言を言わずに、人買いの自分に対しても喜ばせようとしてくれているのに…。

自分のこれまでの生きざまはなんだったのか…と。

人買いは置手紙を残してそっと姿を消しました。

「私はなんとひどい仕事をしていたのだろう。お前のおかげで私の体の中にあった仏の心が目覚めた。ありがとう。美しい子よ。」

美人ではなかった彼女はその行動によって周囲の人の心を温かくし、変えていきました。

そして、そんな彼女を美しい人だと人は思うのです。

このお話で彼女がおじいさんに教えてもらったように、私たちには聖書がどのように人生を生きるとよいかと教えてくれています。

おじいさんが彼女に言ったことも、聖書が私たちにいうことも、行うことは簡単ではありません。

でも、行えるようになりたいと思います。

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