マラソンの動機

2016年09月14日

リオのオリンピックが終わり、パラリンピックの最中ですが、日本人選手もよく頑張っているニュースが入って来ています。

さて、今から20年前の平成8年のオリンピックの話です。マラソンの有森裕子選手は「マラソンが自分らしさを表す場」だと考えていました。ところが、その前のバルセロナ大会で銀メダルを取って以来、スランプに陥りました。もっと自分に力をつけなくては次の大会は無理だと感じました。そのために練習時間と練習場所がほしいと願いましたが、実際は、銀メダルを取った人ということで、いろいろなイベントへの出場などに時間を取られて、思うように調整ができなくなりました。心身共に疲れ、走れない期間が長く続き   有森裕子さん

ました。

再び走ることを決心したのは、「もう引退するのか」という噂が立ち始めた時です。「私をおいて誰がいるか」という自分に対する強いプライドが、この大会に向かわせました。そして「マラソンの苦しみを味わえるのは、生きている証拠」と言って、つらい自分を励まし続けたそうです。

様々な競技の選手の中には、家族を助けるためとか独立した国家のためとか有森さんのように「自分のため」などと理由はいろいろあると思いますが、それぞれの動機や理由が自分を奮い立たせ、自分を最高に高めるための力の元になっていることでしょう。

私たちもどのジャンルや環境の中でも、自分を奮い立たせ、自分を高めていく力の元を見出したいものですね。ハッピースケールが上がるでしょう。

あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。競技をする人は皆、すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。(新約聖書Ⅰコリント9:24-25)

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