今年の主題聖句

2016年05月14日

「反省だけなら猿でもできる」というキャッチコピーが昔はやりました。注意されて、反省しましたと口だけで言っても、謝罪という実際の行動に反映していないようなら、猿と同じと言っているようです。今年の「言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう」という目標も、口先だけでなく、実際に行わなければ意味はありません。

反省してもなかなか謝罪ができない傾向は、4~5歳頃から始まると言われています。悪いことをしたという思いは表情から分かっても、なかなか謝るという行動に結びつきません。反省とは内向きの方向性ですが、それが謝罪という外向きの方向性をとったとき、初めて本当の反省になるはずですが。

「反省」とよく似た言葉に、「悔い改め」があります。悔い改めも内側に向かいますが、反省が謝罪という形で人へ向かうのに対して、悔い改めは形が変わって神様に向かいます。キリスト教国などでガンを発病した人が、あまり教会へ行かなかったので。こんなことになったと考えて教会へ通い出すこともあるそうです。その心には、教会へ通いますから病気を治してくださいという、神様との取引があります。それではまったく悔い改めたことになっていません。本当の悔い改めは神様への謝罪と感謝の行動を伴うとある精神科医は言います。

私たちの生活の中で親や先生達に注意された時、または将来就職して上司から注意された時、謝罪が行動に出るかどうかで相手の気持ちが大きく違うことを知っておきたいものです。それは、友だちとの関係にもあてはまるのではないでしょうか。

神さまの前に立って、神さまとの関係が良くなるためには、罪をお詫(わ)びし、神の愛に応える形で困っている友だちや隣人への態度(寄付・献金)に現れてくるのではないでしょうか。神様と隣人を心から愛したいですね。

お知らせ

清和ガールズ!!

校長室より

チャペルタイムス