阪神淡路大震災

2015年02月16日

 

20年前の1995年の1月17日、午前5時46分、近畿地方を中心に西日本から東海地方にかけての広い範囲で強い地震が発生しました。震源地は淡路島で、地震の規模はマグニチュード7.2でした。震度6の烈震を記録した兵庫県神戸市や芦屋市などを中心に家屋・ビルが多数崩壊し多くの人々が生き埋めになりました。安全であると見られてきた高速道路や新幹線の橋げたが崩壊し、走行中の電車が脱線したり、車が落ちたりしました。道路は陥没し交通網は寸断されあちこちで火災が発生しました。火は夜になっても燃え続け、町中が炎に包まれ13万人もの市民が避難しました。停電・断水で都市機能がマヒし、被害は予想をはるかに上回り、1週間で死者5000人を超える大惨事となりました。

この震災の時、政府の対応が遅れ、外国からの支援を断ったりして、国民から非難をあびました。消火の方法についても、まずさが指摘され、六甲では消防車がないところもありました。また、国民の意識の低さが震災の傷を深くしました。車の渋滞が起き、救急車や消防車が走れなかったり、ボランティア活動の出足が遅れたりしました。しかし、すぐ全国からたくさんのボランティアが集まり、義援金も送られ、被害者を助けたり、町の復興に力を尽くしました。電気も5日後の23日には復旧しました。それでも、被災者の多くは家を失い、現在も苦しい生活を強いられている人々がいます。

最近の東日本大震災の記憶は残っているでしょう。その後の人々の助け合いの精神に打たれ、復興もなされつつありますが、まだまだ仮設住宅で寒い冬を送っている人々がいます。教会やボランティア団体は継続的に支援を募っています。私たちに何ができるか具体的な支援を考える時なのではないでしょうか。

イエスさまは、私たちの小さな親切をご自分にしてくれたことと評価してくださいます。

マタイ25:33-40 『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』

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校長室より

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