二人のアニー

2014年05月31日

清和学園は、主なる神がアニー・ダウドを用いて1901年に建てられました。学校に行って教育を受けることを親から反対された二人の少女を引き取って、宣教師館に住まわせて教育を授けたことがはじまりです。神戸時代から知り合いだった武市まつはダウドの生涯の協力者として働きました。

またダウドの個人経営であった女学会は南長老教会の経営となって、1919年に生徒約40名の各種学校の認可を県から許可されます。ダウドの補佐役としてやはり生涯女学会のために働いた英国人エリス夫妻が加えられ、献金をもとに1924年新校舎が建築されます。エリス夫人のファーストネームも偶然ですがアニーです。彼女は1916年頃からダウドを助け、もっぱら女学会の外交方面、会計方面、衛生方面の世話を進んで引き受けて働きました。外交面の世話というのは、女学会の生徒の作品、主として刺繍(ししゅう)を外国に売りさばく世話です。実に面倒な仕事であったようですが、夫人は黙々と、しかも常に明るく事にあたり、縁の下の力持ちとしてダウド女史の無二の親友であり、補助者でありました。

戦争のためにダウド帰国後も、エリス夫人はご主人の心臓の状態が良くないのでそのまま日本に留まりました。「はるかぜのような笑顔」を絶やすことなく女学会のために働き、1940年に死去しました。エリス夫妻の墓はダウドが自分の墓を建てるために購入していた高見山(筆山)に今もあります。

神のご計画のすばらしさは、アニー・ダウドの祈りを聞かれ、清和学園を建てあげるために、時に応じて必要な協力者を与えてくださったことです。何かを作り上げるためには、必ず友だちの助けが必要です。親友は一生の宝です。みなさんも清和に在籍する間に、どうか一生の友だちを見つけてください。祝福をお祈りしています

お知らせ

清和ガールズ!!

校長室より

チャペルタイムス