清和女子中高等学校。創立113年の高知県の私立女子校。キリスト教主義の中高一貫校です。
2025/04/16
聖書 ヨハネによる福音書 13章1~9節
映画『阪急電車』は阪急電車の今津線を舞台にした物語で、8つの駅ごとにエピソードがあって、登場人物がつながりながら話が展開していきます。
その中の1つに、ミサという大学生と一緒に始発の西宮北口から乗りこんだおばさん5人組が、もう一人の知り合いの席を確保するために、ミサの隣の席めがけてバッグを放り投げた、という出来事がありました。
これと同じことをミサ自身、高校時代に電車の中で繰り返していましたが、ある日、目の前に立ったおじいさんにいきなり怒鳴られたことをきっかけにやめました。
自分ではよい方法で友だちの席を確保していたつもりが、周りの人から見れば、みっともない、小賢しい行動だったことを思い知らされたのです。
ミサはたまたま電車に乗り合わせた失礼な女性たちの立ち振る舞いから、また高校生の時に見知らぬ老人から突然叱られるという、その時は恥ずかしかった体験が、今の自分の心を作り育てていることに気づいて、自分が救われている、幸運であったと感謝をします。
大事なことほど、後になってわかることが多いのです。
今日の聖書に登場するのは、イエスに何を言われているのかわかっていない弟子たちです。
その代表はペトロです。
ペトロが、なぜイエスが自分の足を洗い拭いてくれたのかわかったのは、イエスが十字架に架けられて死んだ後です。
このペトロのように、後になってようやくわかるのが私たちの現実です。
けれど、そういう私たちだからこそ、逆に大事なことは後になってわかるということを今、心の中にしっかり刻むことができるなら、自分に向けられるさまざまな言葉を生きる力にできると、成長の力にできると教えてくれるのが、今日の個所です。
イエスは聖書を通して、自分に向けられた言葉から身をそらすのでなく、真正面から受けとめ、聴くことのできる人になることを求めているのです。
