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2024/06/13 

学園報 SEIWA 5月号巻頭言

2024年度キリスト教教育週間4日目 -キリスト教(学校)が大切にしているもの―強さではなく弱さ-

強いときに認められて、弱れば捨てられて

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなた方を選んだ」(ヨハネによる福音書15章16節)は入学礼拝で必ず引用する聖書箇所です。この言葉を清和の生徒となる人に重ねると、一人ひとりが清和を入学先に選ぶ前に、主イエスがその人を清和の生徒に選んだ、となります。しかもその選びは「できる」「強い」との一般的な価値観ではなく、愛(主イエスの)によると書かれています。そして神の愛によって自分が選ばれたことを実感してもらうために、入学礼拝では教職員が賛美歌「強いときに認められて」を歌って一人ひとりを歓迎します。賛美歌の出だしは「強いいときに認められて、弱れば捨てられて…」です。そこには愛はありません。でも多くの生徒はそういう考え方が当たり前の生活を過ごしてきています。しかしリフレインと2番の歌詞で、神は一人ひとりを宝物、つまり何にも勝る価値があると宣言します。

3番は心が弱っている人、捨てられたと思っている人のところに、主イエスが友だちとして寄り添ってくれると歌います。4番は人には無限の価値があることを示すために、主イエスは十字架に掛かられたと歌います。

最強のネアンデルタールが滅び、最弱のホモ・サピエンスが生き残った

人間の本質は弱さにあると言われます。それも最弱です。人間の祖先はカタカナでヒトと書くヒト科のホモ・サピエンスです。ヒト科には20種類以上の生き物がいました。最強だったのがネアンデルタールです。彼らは1人でマンモスやバイソンといった大きな動物を倒せたと言われます。さらに脳が大きくたいへん賢かったこともわかっています。しかし最強にもかかわらず滅亡しました。そしてヒト科で唯一生き残ったのが最弱のホモ・サピエンスです。彼らが生き残った大きな理由に弱さを自覚していたことがあげられます。弱い存在が生きるためには、お互いが助け合う必要があると群れを作りました。弱さを自覚することによって脳の働きが進化し、さらに想像力を持つようになりました。想像力とはそれまでに体験したことを忘れず、それをベースにあれこれ考えることです。助け合うためにはお互いの違いを認め合う必要があります。違いには大きい小さい、強い弱いなども含まれます。ホモ・サピエンスの意味は「賢い人」です。ホモ・サピエンスの賢さは、自分たちの弱さを忘れることなく、学び続ける存在になっていったことにあります。

大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう

旧約聖書詩編82編には、弱い人や苦しむ人、そして乏しい人の存在の大切が書かれています。弱い立場の人を切り捨てたり、追いやったりすることが、結局は国や民族全体が滅ぶことにつながるからです。そして新約聖書コリントの信徒への手紙Ⅱ12章9~10節で、主イエスの弟子となり、キリスト教を全世界に広めたパウロは、弱さの大切さをわかりやすく説明しています。「力は弱さの中で発揮される。大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」(9節)と言います。さらに「私は弱い時にこそ強いからです」(10節)は自らの体験から出てきた言葉です。

弱さを大切にする社会、それは神がこの世に何より望んでいること

人間の祖先であるホモ・サピエンスのことを、詩編82編の作者やパウロが知っていたわけではありません。けれど彼らは本当の強さとは何かを想像する力を持っていたのです。そこから今自分が生きている世の中をしっかり見て、神がこの世界に何を望んでいるのかを知ったのです。私たちは弱さを大切にする強さが本当の強さであること、そして豊かに生きるためには、それを忘れてはならないことを歴史的な出来事を通して学んできたはずです。しかし現代社会は弱さを平気でダメなものと切り捨てる風潮が強くなってきました。その中にあってキリスト教学校の清和は、自分の弱さを受け入れ、他者や社会の弱さを認めることの大切さを教育の中心に置いてきました。清和は毎朝の礼拝や聖書の授業と共に毎日の学校生活のすべてを通して、その考え方をしっかり身につけた人を育てる教育を2024年度も行っていきます。

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