礼拝の話

2025/06/10 

山 脇(社会科)

聖書 詩編147編10節・11節

今日の聖書箇所には、「主は馬の勇ましさを喜ばれるのでもなく、人の足の速さを望まれるのでもない。」とありました。
遅いよりも早い方が良いと思うのは、何も昔の人だけでなく、今を生きる私たちも同じではないでしょうか。
いかに効率よく結果を得られるのか、いかに短時間で高い満足度が得られるのかを、私たちは求めているように思います。

しかし、神はそのような速さだけを望まれてはいない、と言います。
神が望まれているのは「主を畏れる人、主の慈しみを待ち望む人」と今日の箇所では記しています。
勇ましさを誇るのではなく、むしろ弱さを自覚し、神の前に頭を下げてより頼む人、神の慈しみを急がず待ち望む人を神は喜ばれ、またそのような人を望まれていると聖書は語ります。
ここには、速さや強さを求めようとする私たちの価値基準ではない、神様の見方、価値基準があるのだと思います。

私たちは不安から、弱いところを見せたくない、できないと思われたくないと考え、弱い部分や見苦しい部分をごまかそうとしてしまう事があります。
しかし、神が喜ばれていること、望まれていることはその部分ではない、と聖書は語ります。
「速い遅いという基準、何ができるかという目に見える基準で私は判断しない」と、神はいつも励ましてくれています。
私たちに、その神の眼差しが注がれていることに感謝して、今日も歩んでいきましょう。

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