礼拝の話

2025/09/19 

柳 井(数学科)

聖書 マタイによる福音書 22章37~39節

聖書には、「自分を愛するように隣人を愛しなさい」と書かれています。
自分を愛せない人に、隣人を愛することができるのでしょうか。
言葉通りに受け取る「AI」なら、きっと「できない」と答えるでしょう。
この言葉について考えていると、ふと気づきました。
「自分を愛するように隣人を愛しなさい」あえてこのように書いて疑問を持たせることで、聖書は 現代に生きる私たちに、自分や隣人を愛することについて考えさせようとしているのでは、と。
人は、自分を大切にし、自分を愛せるようになるために、まず「愛されること」が必要です。
そして誰かに愛されたいと思うなら、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」という言葉がある通り 自分から人、つまり隣人を愛することが必要です。
それが自分を愛することに繋がります。
隣人を愛す=自分を愛す、の関係になっているということです。
私自身、頑張って作った礼拝原稿を面白いと思えないことがあります。
実は自分を、愛せていないのかもしれません。
そのマイナスの気持ちをもって、もっといいものを作ろうという気持ちになります。
それでも「面白かった」、「よかったよ」と言ってくれる先生や生徒がいます。
その言葉によって、私は少しずつ「自分を愛する」ことを学んでいます。
「隣人を愛する」これと同じく「自分を愛する」、 これも神さまが私たちに与えてくださった大切な力です。
理不尽なことがあるこんな社会の中でも、清和の生徒には、自分を愛せる人に育ってほしい、と思っています。
これは私の願いであり、祈りです。

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