礼拝の話

2026/01/08 

校長 小西二巳夫

聖書 創世記 1章1~5節

中学時代の成績がオール1で高校へ進学せず、その後、NHKスペシャルの「アインシュタイン・ロマン」という番組との出会いをきっかけに学ぶことを取り戻し、超難関校と言われる国立名古屋大学理学部へ合格した宮本延春というエッセイストがいます。
アインシュタインは舌を出した写真や「相対性理論」で有名な物理学者です。
アインシュタインの相対性理論を簡単に言うと次のようになります。
この世界で規則的で正しく絶対変わらないものと言うと、誰もが「時間」と考えますが、アインシュタインは、絶対変わらないものは「時間と空間」ではなく「光」であると考えたのです。
創世記1章3節に「神は言われた。『光あれ。』こうして光があった」とあり、4節5節の言葉から、聖書が、光は物事の最初の秩序でありすべてに勝る秩序であると考えていることがわかります。
この聖書の考え方を、アインシュタインという科学者の中の科学者が、相対性理論によって説明しているのは、何とも不思議です。
そして時間を自分の生きる意味として考えていた宮本さんにとって、まさにこれだという出会いになったのです。
ここで考えたいのが、宮本さんがなぜ自分をいわゆるだめな人間と決めつけながら中学校まで過ごしたのかです。
それは、宮本さんは自分を「特別扱い」していたからです。
特別扱いは、勉強や運動ができるなどいい意味で使うことがほとんどですが、反対に、できない、だめな人間と決めつけ切り捨てるのも一つの特別扱いです。
自分で自分をよくない意味の特別扱いしていたわけです。
それでは、よくなるはずはなく、楽しくなるはずはないのです。
自分を大切にする、自分を愛するためにも、やれることはしっかりやる、耐えないといけないことはしっかり耐えたいものです。
そのための助けや支えが必ずあることを、今日の聖書は教えてくれます。
神が放たれた光、それは救い主イエスのことです。
イエスは自分のことを「わたしは世の光である。わたしに従うものは暗闇を歩かず、命の光を持つ」といわれました。
世の光とは、私たちがたとえ暗闇や絶望の中にあっても、進んで行く道を見失わないように導いてくれる、そして希望を与えてくれる存在のことです。
そのイエスが共に歩んでくださることを信じて、3学期の1日に1日に取り組んでいきたい、その1日1日に何にも勝る価値があります。

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