礼拝の話

2026/02/26 NEW

楢 本(英語科)

聖書 マルコによる福音書 10章46~47節

奇跡を起こすこともできるイエスに「何をして欲しいのか?」と聞かれたら私たちはどう答えたらよいでしょうか。
今日の聖書に出てくる、目の見えないバルティマイはイエスからそう聞かれた時すぐに、「先生、目が見えるようになりたいのです」と答えました。
イエスに向かってまっすぐにそう答えました。
まっすぐに答えた人に、イエスもまっすぐ応えてくださいました。
バルティマイは見えるようになってイエスに従っていきました。
「見える」というのはどういうことでしょうか。
私たちはお祈りの時に目を閉じます。
それは目を閉じて神さまに思いを集中するためです。
目を開けていると色々なものが見えてしまいます。
私たちは自分でしっかり見て、判断しているつもりなのにかえって不安に悩まされることもあります。
不安になっておびえて立ちすくんでしまうこともあります。
実は目で見えることはすべてではありません。
愛情や信じる心など、本当に大切なものは目では見えないということがたくさんあります。
私たちは目を閉じて祈ることによって、見えない大切なことに集中しているのです。
バルティマイは、目は見えませんでしたが、大切な願いに集中していました。
目に見える色々なことに心を騒がせて不安になるのではなく、心を落ち着けて、今、一番大切な願いに集中して歩んでいきましょう。
「安心して、喜んで、元気に立ち上がりなさい」という励ましを聞いて、それぞれの一歩を踏み出していきたいと思います。

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