礼拝の話

2024/11/28 

11月11日(月) 聖書 マタイによる福音書 26章69~75節 校長 小西二巳夫

藤子・F・不二雄のドラえもんを大人になってから、本気で作ろうと考えている人がいます。

大澤正彦さんという研究者です。

大澤さんの研究の話を聞き、書いた本を読むと、ドラえもんが漫画や空想の世界の話ではなく、現実のものに見えてきます。

ドラえもんが誕生して50年以上が経ちました。

ドラえもんは22世紀からタイムマシンに乗って現代にやってきた猫型ロボットです。

何をしてもうまくいかないのび太をさまざまな秘密道具で助け、たくさんの秘密道具を持っています。

ところで、ドラえもんにしょっちゅう助けられるのび太はどんな少年かというと、すぐに人に頼り、泣き言をいう、失敗を学習しない小学生です。

一番の味方であってほしい母親や家族からも、ダメな子と思われています。

ドラえもんがそんなのび太のところにやってきた理由は、一言でいうと、のび太に幸せになってほしいからでした。

ドラえもんがのび太と言い争ったりケンカをしたりするのは、ロボットとして優秀でないからですが、2人は人間とロボットというお互いの存在を越えて心を通い合わせます。

さらに2人を中心に周囲の人たちもほんぼのとした幸せ感を持つようになります。

大澤さんが作りたいのは、ドラえもんのように一人の人に寄りそい、助け合いながら成長していく仲間のようなロボットなのです。

今日の聖書にはイエスがペトロたちを弟子する場面が書かれています。

弟子にするとありますが、むしろ、仲間として一緒にやろう、そんな感じです。

これから一緒にやっていく仲間に選ぶわけですから、優秀な人たちかというと、そんなことはありませんでした。

一番先に弟子になったペトロですが、のび太と同じように「あかんたれ」でした。

ここという時に、イエスを知らないといって裏切ってしまうのです。

そのために、あかんたれの自分が嫌になってわんわん泣きます。

しかし、その情けないペトロを情けの熱いイエスは見放すことはしませんでした。

まあ、それもええかと、最後まで信頼し寄りそわれたのです。

イエスは強さには強さで立ち向かいましたが、弱さには弱さで包み込み、応える方でした。

そのことが分かって、自分をゆるせるようになったペトロは、今度自分が弱さを持った人により添える存在に、信頼される人になっていきました。

自分はできる、完璧だと思う人に、ドラえもんやイエスは必要ありません。

けれど、もし自分にのび太やペトロと似ている部分があると感じる人にとっては、そして自分には弱さがあると思っている人にとっては、そこに目に見えないイエス・キリストの働きかけがあると考えるだけで、目の前が拓け、生きるエネルギーが湧いてくるはずです。

今週1週間の学校生活に光がさしてきます。

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