礼拝の話

2024/11/28 

11月14日(木)特別修養会 チャペルディ 聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 2章6~9節 校長 小西二巳夫

絵本作家の五味太郎さんの本に「正しい暮らし方読本」があります。

五味さんがこの本で言う正しいは、絶対にこうです、ということではありません。

逆に、そういうこともあるのかと笑いそうになるものばかりです。

「正しい暮らし方読本」から思いついたのが「正しい美術鑑賞の仕方」です。

それを思いついたのはある本を読んだからです。

本のタイトルは「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」です。

著者の川内有緒さんは知り合いから「白鳥さんと作品を見に行くと楽しいよ」と言われ、実際に一緒に行ってみてわかりました。

目の不自由な白鳥さんが美術鑑賞をするためには、アテンドという役割の人が必要です。

アテンドは作品の前に立って、それがどういう作品なのかを説明をします。

奈良にある興福寺というお寺に白鳥さんと仏像を観に行った時のことです。

興福寺には千手観音という世界的に有名な仏像があります。

千手観音は合掌している2本の手以外に、40本の手に何かを持っています。

千手観音を前にして、白鳥さんをとのやり取りが始まると、ありがたい観音様を前に、みんな言いたい放題です。

一人で黙って見ていたら、そして目の見える人だけなら、こんなおもしろいやり取りの笑える美術鑑賞はできません。

美術展のフロアーには係の人が座っています。

目の見える人がしゃべっていたら、静かにと注意されますが、目の見えない人がいると、それはしません。

ですから、おもしろい美術鑑賞は目の見えない人と一緒にする時の特権なわけです。

川内さんは白鳥さんと一緒の美術鑑賞を終えた時思いました。

自分は目の見えない白鳥さんの手助けをしていると思っていたが、本当は白鳥さんが、私に作品を深く見ることができるようにしてくれていたのだ。

「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」が教えてくれることがあります。

それは、私たちはたくさんの「バイアス」を持っていることです。

英語のバイアスの元々の意味は先入観、思い込みです。

白鳥さんについて言うなら目の不自由な人は美術鑑賞はできないという思い込みです。

そして、五味太郎さんが「正しい暮らし方読本」で伝えたいのも、私たちは知らず知らずのうちにたくさんのバイアス、思い込み、偏見を持つようになっていることです。

そのバイアスのために息苦しくなり生きにくくなり楽しくなくなることがあるのです。

今日の聖書には「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された」と書かれています。

この手紙を書いたパウロは、イエスが十字架にかかられた意味を深く考えた人です。

パウロの言葉からわかるのは、イエスが十字架にかかって死んだのは、律法というルールを守ること以外に正しい生き方はないとのバイアスのために、息苦しくなり、立場の違う人を大切しなくなり、自分自身も大切にできなくなっていることに気づかない人に、それを気づかせるためだということです。

イエスは十字架によって、私たちがバイアスをカットする、つまり偏見や先入観を断ち切り、それによって自由になれること、生きやすい自分になれること、そして誰もが生きやすい世の中を作れることを教えてくれているのです。

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