清和女子中高等学校。創立113年の高知県の私立女子校。キリスト教主義の中高一貫校です。
2024/11/26
私は週に5日程、朝の早い時間にランニングをしています。
朝の早い時間帯なので、いつも見かける人がいます。
よく見かけるのが、犬と一緒に散歩をしている人です。
その中で、時々出会うにぎやかな一組がいます。
飼い主の女性ですが、愛情をもって犬に接しているのがよくわかります。
連れている犬は二匹のフレンチブルドッグです。
1匹はリードなしで散歩をし、もう1匹にはリードが付けられています。
散歩の様子を見ていると、対照的な二匹の犬です。
そこで、もしどちらの犬を飼いたいかと尋ねられたら、たいていの人は聞き分けの良い、飼い主の手を煩わせないリードなしの犬と答えるはずです。
でもそれはあくまで飼い主の側からの都合の良い見方です。
それでは、次の質問には何と答えるのかです。
それは自分がリードなしの犬か、それともリードありの犬か、です。
私は迷いなくリード付きの犬と答えます。
私は男兄弟3人の真ん中です。
独立心の旺盛な兄と誰からも愛される存在の弟。
そして2人とも、いわゆる勉強ができました。
間に挟まった私は、成績は悪くはありませんでしたが、よくもありませんでした。
母から、あんたは手がかかる、と小さい時から言われていました。
自分でも、ダメな子どもだと自己嫌悪に陥ることもありましたが、今まで、情けなさや欠点をいくつも持つ私にもかかわらず、それなりにやって来れた、生きてこれたのも確かです。
その理由を考えてみました。
まず、周囲の人の支えがあったからです。
その時その時に必要な助けがあったからです。
今日の聖書には「私につながっていなさい」とのイエスの言葉が書かれています。
イエスにつながることで、精神的な落ち着きが生まれ、心が満たされる、生きていてよかったと思えるというわけです。
ここには、人間にとって他の人とつながることが、いかに大切であるかが書かれています。
今日の聖書から、私には目に見えないリードがついている、確かにリードにつながれていることは確かなのです。
私のリードとは何か、それはイエス・キリストです。
リードにつながれているフレンチブルドッグは、ただつながれているのではありません。
リードによって守られているのです。
同じように、様々な弱さや至らなさを持つ私が、それでもいきいきと生きさせてもらっているのは、イエスが私のリードとなってくださっている、からだということが今日の聖書からわかります。
見えないリードによって、生きることに欠かせないつながりを与えられている、そのことにしっかり気づきたいと思います。
それを力にして今日から始まる1週間を共に過ごしたいものです。
