礼拝の話

2024/12/26 

12月4日(水) 聖書 コリントの信徒への手紙Ⅱ 9章7節 家庭科 青柳

私の父は、自分の誕生日の12月24日、日が昇るずっと前から、仕込みを始めます。

なぜなら、この日は朝から一羽丸ごとのローストチキンをたくさん焼くからです。

日頃お世話になっている方々へお配りするために焼いていました。

私の父は、祝ってもらう自分の誕生日に、誰よりも人に与える1日を過ごしていたように思います。

寡黙な父は、あまり笑顔で仕事をするタイプではありません。

黙々と、一生懸命料理を作っている父ですが、お客さんが帰り際に「ごちそうさま。おいしかったよ」と言ってくれると、心なしか表情が柔らかくなります。

先日、家庭科部があったかランチを行いました。

いつも冷たいご飯だから、あたたかいご飯で体も心も満たしたいという想いから始まった「あったかランチ」、作って与える側だとばかり思っていましたが、逆に次につながる活力を与えてもらっているのだと気が付きました。

そんな家庭科部の姿と、父の姿が何だか重なりました。

家庭科部の一人ひとりと私の父に共通するのは、誰かのために心を込めて料理を作り、その料理を受け取った人が少しでもあたたかい気持ちになってくれたら嬉しい、という想いです。

その行為は決して見返りを求めるものではなく、また、誰かに褒めてもらいたいというものでもありません。

しかし、何かを求めたわけではなく、「こうしよう」と心に思った通りに行動したことで、実は私たち自分自身が喜びで満たされているということに気付いたのです。

今日の聖書箇所には、「各自、不承不承ではなく、強制されたでもなく、こうしようと心に決めた通りにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです」と書いてあります。

与えるというのは物質的なプレゼントを与えることではありません。

父は日頃の感謝を、家庭科部はあたたかいランチで心と体を満たしたいという想いを込めました。

私たちの日常でも、自分の利益や見返りを求めてではなく、誰かのためにそっと手を差し伸べたり、思いやりの心を行動に移したりすることも、大きな「与える」という行動だとおもいます。

今日という一日も、誰かにそっと優しい気持ちを与える一日にしていきたいです。

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