礼拝の話

2025/03/04 

2月3日(月) 聖書 ヨハネによる福音書 13章7節 理科 岡村

私には小さいころから将来は先生になるという夢がありました。

先生になぜなりたいと思ったかというと、それははっきりとはわかりません。

でも漠然となりたいと強く思っていました。

そして実際に、今この清和で教師として働かせてもらっています。

清和で教員をしてあっという間に8年がたとうとしています。

この時期は、高校3年生が卒業を迎え、1日1日がさらに早く感じます。

卒業を控えた3年生にむけて、今私がこの時期に話したいことは何かを考えました。

最後だから、いい話をしたい、何か教えてあげたいと考えれば考えるほどピンとくるお話は思いつきません。

そこで今年の高校3年生の卒業文集を読んでみました。

高校3年生の文集は、清和と私、チャペルと私、好きな賛美歌・聖書箇所やプロフィールからなっています。

3年間それぞれの思いや成長について書いてあります。

その中で、清和と私をテーマに書かれた文章に心が強く動かされました。

それぞれがこの3年間の清和での生活について文章で表現しています。

3年生の文集を読んだときに、私は自分が恥ずかしくなりました。

原稿を書くために、先生だから、何か教えなくてはという気持ちが先行してしまいました。

そしていい話をしてやろうと考えていた私が恥ずかしくなりました。

今日の聖書箇所はイエスさまが弟子の足を洗おうとされた場面です。

足を洗うということは、当時奴隷の仕事とされていました。

それをイエスさまがされようとしたのです。

弟子のペトロは、びっくりして止めようとしますが、それに対しイエスさまが言われたのが今日の言葉です。

イエスは彼に答えて言われた、「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」です。

 高校3年生にとって、3年間、6年間での生活は、楽しいこと辛いことも多くあったけれど、今になってその日々が大事だったのだとわかりました。

そして私も高校3年生の文集から、私がなぜ学校の先生になりたかったのかという疑問が解けたような気がしました。

それは「学び続けることができる」という喜びが学校にはあると感じたからです。

私は、何かあるとすぐに目線が高くなり、人を見下しそうになります。

そんな私が謙虚に生きることができる場所が学校です。

いろいろな人と接することで素直になれる場所があると考えています。

清和で過ごす時間は、私にとってとても大切な時間です。

みなさんからたくさんのことを学ばせてもらっています。

これからも素直で謙虚に過ごしていきたいです。

そしてこのことを教えてくれた高校3年生に感謝します。

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