礼拝の話

2024/05/30 

5月20日(月) 聖書 ローマの信徒への手紙 3章9~18節 校長 小西二巳夫

土佐道路を朝倉方面に走り、途中の道を右に少し入ると古民家カフェがあります。

お店の名前は漢字の花と水と木の3文字の「花水木」です。

ハナミズキは落葉樹で今頃が花の満開の時期です。

ある年代からの上の人の多くは、ハナミズキというと、今から20年前に大ヒットした曲、一青窈という人の作詞作曲の「ハナミズキ」を思い浮かべます。

歌詞を読んで、恋愛の歌かなぁと考えていましたが、それは完全に違っていました。

一青窈はこの歌詞を、今から20数年前の1991年に、アメリカニューヨークで起きた9.11同時多発テロ事件直後に、アメリカの友人からもらったメールをきっかけに書いたそうです。

何度も書き直す中で、「君と好きな人が百年続きますように」との「平和への祈り」をこめた言葉になったようですが、なぜ「君と好きな人が百年続きますように」との言葉にたどり着いたのか、本人もよくわからない、不思議に思っているとのことです。

ハナミズキが日本で植えられるようになったのは112年前、1912年に当時の東京市長がアメリカのワシントンD.C.を訪問した際、お土産として日本の桜「ソメイヨシノ」を3000本贈り、そのお礼としてアメリカが1915年にハナミズキを贈ってきたのです。

ハナミズキの花言葉に「私の思いを受けてください」があります。

そして「公正に、正しい」という意味もあります。

公正の意味は、明白で正しいこと、曲がったところのないことです。

今日の聖書に「正しい者はいない。一人もいない」と書かれています。

これは人間社会と世界の現実を見事に言い当てる言葉です。

人間が主張する正しさは、自分の側の正しさであって、相手や他の立場からすると、逆に正しいとは言えないことも多いのです。

だからケンカになり争いになるのです

さらに大切なのが、自分の正しさを何によって証明するのかです。

軍事力など相手を力で押さえつけるやり方で正しさを証明しようとすれば、関係はさらに悪くなり、お互いの間に憎しみや悲しみが広がります。

それは国と国、民族と民族、一人対一人というすべての人間関係に言えます。

今日の聖書はそのことを教えてくれているのです。

この私が、自分が正しいかそうでないかを決めることができるのは、人間を超えた存在である神だけということです。

私たちに求められる、自分の考えや行動が、人間を超えた存在である神の前で恥ずしいかそうでないか、そういう判断基準を持った人間になることです。

私たち一人ひとりが、神の前に自分の正しさを問うような生き方をするなら、誰もが生きていてよかったと思える世界、平和が必ず実現するはずです。

学校生活の様子

学校生活一覧へ

学校生活|高校一覧へ

学校生活|中学校一覧へ

礼拝の話一覧へ

中学・高校 学年の通信から一覧へ

クラブ活動一覧へ

▲ページトップへ