礼拝の話

2020/05/25 

5月22日(金)聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 10章13節 理科 寺田

清和はキリスト教の学校です。

キリスト教を学ぶことは何の役に立つのでしょうか。

これに対する答えはいくつもあります。

それは、人によって役立ち方が違うからです。

私は学校の先生になることが夢でした。

学校でする勉強はとても楽しく、知らないことをたくさん知ることのできるワクワク感がありました。

私にとって学校の好きな部分は、勉強をすることでしたが、学校は勉強だけをする場所ではありません。

私は人とコミュニケーションを取ることが得意ではなく、友人関係に悩まされたことがありました。

なんて話しかけたらよいのだろう。

どんな話題で話せばよいのだろう。

自分から話しかけることができませんでした。

そんな私にも声をかけて友だちになってくれる人がいましたが、当時の私としては友だちが少ないことが不満でした。

これが私にとっての試練でした。

今日の聖書には試練について書いてありますが、聖書は人生での苦しい状況のことを試練と書いています。

人間関係や苦手な授業、試験など、人によって違った試練があります。

試練はそれ自体が自分の成長につながったり、将来の役に立ったりします。

神さまは私たち一人ひとりに必要なものを与えてくださいます。

それは時に、進んでは望まない試練として与えられることもあります。

先程の友人も、後から考えてみると私には必要な存在でしたし、今も仲良くしています。

試練に遭っている時はつらいものですが、聖書はそれで終わりません。

試練について聖書は「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。試練と共に、それに耐えられるように逃れの道を備えていてくださいます。」と語ります。

逃れる道を最初から与えてくださっています。

ここでいう逃れの道は私たちを友と呼んでくださるイエスさまです。

イエスさまがいつでも一緒にいて歩んでくださるという安心感があります。

私にはまだ足りない部分がありますが、他の先生方や生徒の皆さんに支えられていると感じ、必要なものは与えられているのだと実感します。

イエスさまが友と呼び、共にいてくださると思うと試練も楽しく思えてくるはずです。

今日が楽しめる1日になりますように。

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