礼拝の話

2020/05/25 

5月25日(月)聖書 ヤコブの手紙 5章13~16節 校長 小西二巳夫

東京の三鷹市に「三鷹の森ジブリ美術館」があります。

アニメで有名な宮崎駿監が作りました。

開館してから19年、写真集が出ることはありませんでしたが、今年のの3月に出ました。

タイトルは「ジブリ美術館ものがたり」。

写真を撮ったのはタイの若い女性で、使ったものはiPhoneです。

スタジオジブリの関係者は映像や写真のプロですから、少々のものでは納得しないでしょう。

その人たちが彼女のとった写真に感動したというのです。

鈴木さんというプロデューサーがそれを次のように表現しました。

「カンヤダさんの写真には教会の雰囲気がある、写真から祈りが伝わってくる」。

新約聖書で「祈る」と訳された言葉はそれぞれ「感謝する」「賛美する」「お願いする」「聴く」のニュアンスを持っています。

その中で断然多いのは「聴く」に当てはまる言葉です。

キリスト教のもとのユダヤ教を信じるユダヤ民族は周りを大きな国に囲まれた小さな民族でした。

その自分たちが都合の良いお祈りをしていては生き抜けないと考え、神の声をしっかり聴くことが大切だと考えたのです。

神の声を聴くは「神との対話」と言い換えることができます。

対話と似た言葉に会話や討論がありますが、会話や討論は人数が多くいてもできます。

対話の相手は一人か二人でしょう。

対話に欠かせないのは、相手の考えや存在を否定するのではなく受け入れることです。

清和は小人数教育の学校です。

なぜ小人数にしたのか、それは対話ができるようにするためです。

人の数が多いとなかなか対話にならず、一方的な話になってしまいます。

そこで学校を対話できる環境に整えるために小人数にしているのです。

祈りがあり、対話がある。

清和の一日は祈りに始まり、祈りに終わるのです。

神との対話はそれだけにとどまらず、他者との対話、さらに社会との対話につながります。

神との対話は、一番避けていた相手と対話する力を生みます。

一番避けていた対話の相手、それは自分自身です。

対話は相手を受け入れることです。

過去の自分、そして今の自分を対話することによって受け入れられるようになる。

言い換えるなら、それは自己肯定感を持った人になることです。

自分を自分が受け入れられるようになることほど、幸せなことはありません。

それが可能になる清和の学校生活は誰にとっても幸せな毎日です。

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