清和女子中高等学校。創立113年の高知県の私立女子校。キリスト教主義の中高一貫校です。
2024/06/27
スタジオジブリの「君たちはどう生きるか」の主題歌、米津玄師の「地球儀」のことで気になったことがあったので、ユーチューブのミュージックビデオを見ていました。
しばらくして、あっそうかと気がついて、それをノートに書いていましたら、いつの間にか地球儀のビデオは終わり、別のミュージックビデオが始まりました。
歌いだしは「曲がりくねり、はしゃいだ道を」です。
わかる人も多いと思いますが、曲は米津玄師の「パプリカ」でした。
アニメーションは走る少年を同じ年頃の少女が追いかけます。
赤い風呂敷をマントにした少女の両手の中の大きなつぼみのようなものから、たくさんのツルやイルカなどが飛び出し、その少女の周りをたくさんのツルが飛んでいきます。
ミュージックビデオはさらに続きますが、私はこのミュージックビデオを見るまで、パプリカがフーリンという子どものユニットが楽しそうに歌い踊る、自分とはあまり関係ない曲だと思っていました。
しかし、米津玄師自身が歌うバージョンには命と平和への強いメッセージが込められていたのです。
調べてみると、NHKがパプリカを初めて放送したのが8月6日、アメリカが広島に原子爆弾が落とした日、そして米津玄師が自ら歌うバージョンをアップロードした日が8月9日、長崎に原子爆弾を落とした日だとわかりました。
広島市の中心部に原爆ドームがあります。
原爆ドームのすぐ傍にあるのが平和記念公園です。
公園の中には原爆で亡くなった人たちの死を悼むモニュメントが建てられています。
その一つに「原爆の子の像」があります。
これは両手を頭の上に広げている少女の手の上に大きな折り鶴が載っています。
それは少女が折り鶴を持ち上げているように見えます。
同時に折り鶴が少女を空の上に連れて飛んでいくようにも見えます。
「原爆の子の像」にはモデルがいます。
佐々木偵子さんという2歳で被ばくして、10年後の1955年に12歳小学校6年生の時に原爆症の一つである血液のガン、白血病を発症して、その後亡くなった少女です。
米津玄師のパプリカのミュージックビデオで、空を飛ぶ少女の上をたくさんのツルが飛んでいるシーンがあると説明しましたが、パプリカが「原爆の子の像」のモデル佐々木さんをイメージして曲とビデオを作ったことは間違いないと思います。
佐々木さんは白血病になって現在の広島赤十字・原爆病院に入院するのですが、その病院に名古屋の高校生から、原爆病で入院している人たちの回復を願うお見舞いの折り鶴が送られてきます。
それをきっかけに入院している人たちを中心に鶴が折られ始めます
佐々木偵子さんも1000羽折れば自分の病気が治ると信じて一生懸命折り続けます。
しかしその祈りは天に届かず亡くなります。
佐々木偵子さんの祈りを小学校の同級生が受け継いで鶴を折り続けるのですが、それが平和記念公園にモニュメントを建てる話へと発展して、3年後の1958年に建てられたのが「原爆の子の像」です。
「原爆の子の像」には原爆投下によって亡くなった子どもたち、その後発症した原爆病で亡くなった子どもたちを忘れないとの強い思いが込められています。
そして米津玄師はパプリカを作ることによって自分もその意志を受け継いでいきたいと考えたのだと思います。
というのはパプリカの花言葉が「君を忘れない」だからです。
この場合の「君を忘れない」は亡くなった子どもたちが、もし戦争がなかったら生きられたはず、だから平和を忘れないとの気持ちも込められていいます。
米津玄師のパプリカのミュージックビデオを見た数日後、平和資料館・草の家の西森さんから電話をもらいました。
草の家は平和と教育、環境問題を考え、さらに若い人たちに戦争の愚かさと平和の尊さを伝えるための様々な活動をされている施設です。
電話は毎年七夕の時期に京町商店街に平和を祈る千羽鶴を飾っているが、今回清和にも協力してほしいとのことでした。
私にとってその電話は神の導きでした。
断る理由はどこにもありません。
その場でオーケーの返事をして、生徒会担当の、そして学園祭の中心的な役割を担っている菅田先生に相談して、その後、生徒会長を始め役員の人たちに説明をして了解をもらって学園祭の活動の一つにしてもらいました。
それにしても折り鶴作りがなぜ平和と関係するのか、結び付くのかです。
「折る」と「祈る」、へんは違いますが、つくりが同じです。
よく似ています。
そしてテーブルの上に手を置いて鶴を折る時の姿勢は、手を合わせて祈っているように見えます。
ていねいに折ろうとすればするほど謙虚な姿勢になっていきます。
私も米津玄師のパプリカを心の中で歌いながら、佐々木偵子さんをはじめ原爆や戦争で命を奪われた子どもたち、そして今この時も大人の身勝手な理屈によって無差別攻撃を受け、命を奪われようとしているガザやウクライナの子どもたちの、その命が失われないように、神が守ってくれるように、そして何より一刻も早く攻撃が終わり、平和な時間がやって来るように、祈りつつ鶴を折りたいと思います。
