礼拝の話

2023/07/19 

7月12日(水) 聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 13章13節 日本キリスト教団 高知東教会 益敏牧師

今朝の聖書の箇所には道が示されています。

完成に向かって進む一本道です。

聖書は、その道を「信仰、希望、愛」と語っています。

しかも、最も大いなるものは愛だと言います。

大きな愛に包まれて、大きな愛があることを信じて、大きな愛への希望を失わないで、この一本道をまっすぐにたどって行くならば、必ず完成に行きつくと言っています。

もちろんその大きな愛とは、神さまの愛です。

私たちは、神さまの大きな愛をすぐに見失います。

5月に悲しい出来事がありました。知り合いの牧師の家庭に、生まれることになっていた赤ちゃんが亡くなりました。

神さまは本当に愛の神さまなのか、なぜ、どうして、こんなことが起きるのか、と訳が分からなくなりました。

悲しみの中、その子の名は、歓太と名付けられ、小さな棺に納められて見送られました。

歓太は、地上の命を一日も生きられませんでした。では、歓太の命には意味がなかったのでしょうか。そうは思いません。

歓太は、誰からも惜しまれて、命の尊さを教えてくれました。

生まれないままに、痛みも苦しみもない神さまの御手の中に移されました。

神さまの御手の中で、いつの日か迎える復活の朝を待っています。復活の朝は、私たちが完成に到る日です。決して、歓太の命は、これでおしまいではないのです。

私たちは、悲しみ苦しみの波に襲われた時、神さまの大きな愛を疑って沈みそうになります。

神さまを信じることも、永遠の命への希望もなくしてしまいそうになります。

車がガソリンを入れないと走れないように、私たちも、神さまの愛をいただかないと、前を向いて走ることが出来ません。

では、神さまの大きな愛を見失いそうになった時、私たちはどうすればよいのでしょうか。

私たちにできること、それは、神さま助けて下さいと叫ぶことです。

どんな時にも、神さまに助けを求めるならば、必ず道は拓けます。

私たちは選ばれてこの清和で学んでいます。神さまの愛によって生きるようにと招かれ、神さまの愛によって生かされ、そして、完全な神さまの愛の御手の中に向かって進みます。

私たちはこれからも、神さまの愛に包まれ、完成というゴールに向かわせていただきます。

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