礼拝の話

2023/07/12 

7月7日(金) 聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 10章13節 英語科 畠中

私の家は祖父の代まで藍染職人をしていました。

お店と作業場と住まいを兼ねた家を建てたのは、今からおよそ160年前の江戸時代のことでした。

染物業は祖父の代で止めましたが、その家での暮らしは続きました。

多少の手直しはされたようですが、基本的には建てた当時とほとんど変わらない状態で、その古い家での暮らしは、およそ便利とか快適からは程遠いものでした。

土間が廊下の役割も果たすような家の作りで、寒風が吹き抜ける家の中に暖房はコタツと火鉢、水は蛇口をひねれば出ましたが、お風呂は薪を燃やして沸かしていました。

夜の暗闇の中、お風呂の焚き口で火の番をしている時は、妖怪や幽霊が私を狙って近づいてきている、そんな想像が膨らんで、恐ろしくて後ろを何度も振り返りました。

そんなわけで、家で過ごす時はいつも心の中で神さまに「一緒にいてください、守ってください」とお祈りし、「いつかもっと安心して快適に過ごせる家に住めるようにしてください」とずっとお祈りしていました。

大学進学のため県外で1人暮らしを始めた時に、ついにその願いは叶えられ、夢のようで、その快適さに感動し神さまに感謝しましたが、その快適な暮らしにも慣れたある日、自分がしばらく神さまに全くお祈りしていないことに気がつきました。

古い家にいた頃にはあんなにしょっちゅう神さまを呼んでいたのに、と神さまに申し訳なくなって、心の中でそっと「神さま」と呼んでみましたが、シーンとして何の反応も感じられず、なんだかさみしい気持ちになりました。

そうこうするうちに、悩みができ、心の中で神さまを呼んでみると、神さまが私の声に応えてそばに来てくださったような気がしてほっとしました。

その時、悩みがあるのも悪くないなと思いましたが、その後、私は思いがけない大きな悩みにぶつかり、どうすれば良いのか全くわからなくなり神さまに頼りたいと思いました。

でもその悩みは深刻で、「神さま」と言って神さまを呼ぶだけで精一杯、その後に続ける祈りの言葉がみつかりませんでした。

その後もその悩みはずっと続き、相変わらず心の中で「神さま」とだけ呼ぶことしかできないままに14年経ったある日、悩みは突然解決しました。

それは、本当に突然のことであった上に、私だけではなく私に関わる人たち全てが笑顔になれる解決で、人間の想像をはるかに超えるものでした。

神さまが用意してくださったのだと思いました。

その時以来、1人であれこれ悩んでくよくよせずに神さまに全てをゆだねれば良いんだと思えるようになりました。

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