礼拝の話

2024/06/04 

5月22日(水) 聖書 イザヤ書 41章10節 国語科 高橋

私にはなぜか魅かれる絵があります。

「ナイトホークス」という一枚の絵です。

この絵の作者、「エドワードホッパー」は、形と光の達人といわれています。

彼は「現代社会における孤独と疎外の画家」と言われています。

この絵が気になるのは、この「孤独」に魅かれるからかもしれません。

「孤独」といえば、私が教員になりたての頃、子どもたちが最もおそれていたのは、「孤独」でした。

「ぼっち」という言葉がはやり始め、だれもが「ぼっち」になることを何よりこわがっていましたが、ここ20数年ほどの間に、その価値観は変化を見せてきました。

一週間前の今日、水曜日に、中学生は、牧野植物園へ「写生会」に行ってきました。

そこで少し驚いたことがありました。

「自分の描きたいと思った場所で描いてよい」ということだったのですが、それぞれバラバラに、本当に描きたい場所を見つけて描く人が多かったのです。

「仲の良い友達と同じ場所」という選び方が楽だと思うのですが、親しいものと群れることなく、それぞれで描いている姿がありました。

「ぼっち」はいつしか、「おひとりさま」という、丁寧に「さま」までついた言葉へと変容し、「ソロ」などというちょっとおしゃれな響きを持つ言葉も登場しました。

コロナ禍やスマートフォンなどの普及で、一人で過ごす時間の充実もさらに高まって、「ソロ活」なる言葉もうまれています。

1999年に「おひとりさま」という言葉をつくり、「おひとりさま向上委員会」という団体を設立した、故岩下久美子さんの著書によると、「おひとりさま」の定義があります。

1.自立できている。
2.一人でも楽しめるし、かつ他人とも関わることができる。
3.結婚しているか、未婚か、恋人がいるか、いないか、 は関係がない。

これを見ると、私たちが日常的に使っている「おひとりさま」という言葉のイメージとは異なる感じがします。

結婚をしていて家族がいたとしても、自分自身が自立しており、なおかつ自分一人の時間を大切にして楽しむことができる人が「おひとりさま」なのです。

私たちは、聖書のことば、礼拝の時間、日々のことばをとおして、自立して生きていくための大切なことを学校生活の中でしっかり養っています。

「あいまいなようであって確かなこと」がある、そういう感覚を大切に、これからも学校生活を送っていきたいです。

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